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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/19 (Fri) 20:51:27

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No.324
2010/07/23 (Fri) 09:12:50

教員たちも少ない、夏休みの夕方の職員室。溝口礼子は、声を低くして青柳に言った。
「わたし、体育館で藤堂先生と話したことがあるの。藤堂先生、そのとき黒い日本刀を持ってた。それ、本物の刀ですか、剣道部でそんなものも使うんですかって尋ねたわ。そうすると、これは本物の日本刀だけど部活で使うんじゃないって。藤堂先生、居合道をされていて、富沢先生も居合をするから、刀を見せるために学校に持ってきたんだって言ってたわ。それから五月、一年の池田紀美子が殺害された晩だけど、わたし遅くまで学校に残って仕事してた。で、帰りに富沢先生とすれ違ったの。先生はいつもどおりニコニコして挨拶してきたけど、白いTシャツに、目立たないけれど新しい血痕が三つか四つ付いてた。それで疑うっていうのも行き過ぎかも知れないけれど、富沢先生、ふだんは温和なのに怒るとちょっと異常なところがあるじゃない?」
「ええ、ときどき普通じゃない激昂の仕方をしますね……」
「でしょ? で、少し突飛かも知れないけど、富沢先生も刀を持ってるだろうし、池田をそれで手にかけたんじゃないかって……あとでふとそう思ったの」
「池田紀美子も一連の被害者のように体をひどく斬りつけられ、しかも全身の血を失っていた……ということは緑川と富沢先生の共犯ですか」
「まだはっきりとは言えないけれど、被害者が受けた傷はどれも鋭利な刃物、それも日本刀のような大きな刃物によるものだって警察も発表しているし……」
「うーん……じゃ、緑川だけでなく富沢先生も注意して見ていましょう。溝口先生も何か気がついたらすぐ知らせてください」
その日は、それで青柳は溝口と別れ、学校をあとにして帰宅した。

しかし、日が落ちてもなんという暑さだ……青柳はシャワーを浴びると、上半身裸でしばらく扇風機に当たり、ぼんやりしていた。
大きな蝿がどこからか舞い込み、ブーンという羽音をたてて青柳の周囲を飛び回った。と、彼の腹にできた蛙のような人面疽が口を開き、すばやく舌を伸ばすと、蝿を捕まえてごくりと呑み込んだ。
「ふん、ありそうなこったな」人面疽が久しぶりに口を聞いた。
「何がだ?」と青柳。
「体育教師の富沢さね。あいつには俺も血の匂いを感じていた。それから藤堂にも同じ匂いを感じるね」
「藤堂も共犯だというのか?」
「たぶんな」
「しかし警察に届け出るには根拠がなさ過ぎる……俺はどうすればいい?」
「さあね。まあ被害者が増えるのは望ましくないんだろうが、殺人の現場を押さえるか、または凶器の刀が手に入ればね」
「凶器か……」
「血っていうのは、いくらぬぐい去ろうとしても痕跡が残るもんだからな」

早朝の薄明のなか、堤防沿いを溝口礼子が向うから駆けてくる。
「青柳先生、助けて……」
「どうされました?」青柳は息を切らした溝口に尋ねた。
「追いかけてくるの、刀を振り回して、富沢先生が……すぐそこに来てるわ、だから……ううっ」
溝口の白いセーターのみぞおちの辺りから、黒いものが頭を出した。刀の切っ先だった。溝口のすぐ後ろに、ジャージ姿の富沢が立っており、刀を握っている。
「うううっ」
刀はさらに深く溝口の体を貫き、セーターはみるみるうちに鮮血に赤く染まった。
富沢は無表情ながら顔を上気させ、額からは汗を吹き出させ、興奮に顔を震わせながら鼻から息を吸いこむと、同時にめりめりと刀を引き抜いた。
ばったと倒れる溝口。血を滴らせた日本刀を片手に、はあはあと息をはずませている富沢。
どこからか現れた緑川蘭三が、美しい白い女のような顔をほころばせ、溝口のもとにしゃがみこんだ。青柳の顔を見てにっと笑ったかと思うと、長く伸びた犬歯をあらわにし、溝口の血に染まった背中に顔をうずめて血を吸い始めた。顔や栗色の前髪が赤く汚れるのも構わず、緑川は夢中になって血を吸う。溝口礼子の美しい顔はまだ生きているかのようだったが、何かの拍子にまぶたが開くと、そこには腐った魚のような白い目が見え隠れした。
「やめろ!」青柳は叫び、がばと身を起こした。コツコツという時計の秒針の音。午前四時。夢だったのだ。
ふーっとため息をついて、青柳は眼をこすった。

青柳はぐっしょり汗をかいていた。浴室に行って顔を洗う。鏡で自分の顔を見ると、げっそりとしてまるで幽霊のようだった。しかし青柳はそれよりおかしなものに目を奪われた。自分の後ろ。白い少年の顔がそこにあった。
緑川蘭三。濃紺のシャツを着て、無造作にそこに突っ立っている。青柳は目を疑った。鏡の中の緑川は、化け物のように大きく口を開き、青柳の肩に噛み付こうとした。
「後ろを振り向け、すぐ!」人面疽が叫んだ。
青柳が振り向くと、人面疽はシャツの下からまたも毒液を吐き出した。それが緑川の眼に入る。
「う、うぉーっ!」蘭三は両眼を押さえ苦悶の声をあげた。青柳を突き飛ばし、慌てて浴室から出て行く。青柳が茫然としている間に、少年はどたどたとマンションの部屋から出て行った。
「……い、今のは夢か?」
「いや、夢じゃないね」人面疽は応じた。「あいつの靴のあとがそこらじゅうにある」
見るとなるほど土足で入ってきたらしい靴のあとが、いくつも浴室の床についていた。
「あいつは何でここに来たんだ?」
「いいか、あいつは自分の正体がお前にばれていると感づいている」
「すると俺を殺しに来たのか?」
「血を吸うだけで簡単に相手を殺せるとは思っていないだろう。お前を吸血鬼の仲間にしたかったんだろうね」
「そうか、血を吸うと……」
「そう、相手は死ななければ吸血鬼になる」
「俺を仲間にしてしまえば、追及をまぬがれられる、か」青柳はタオルを手にとって顔をふいた。「……ん、ちょっと待ってくれ。俺はきょう溝口先生に緑川の正体のことを話した。ということは彼女も危ないんじゃないのか?」
「あるいはな」
「畜生! とりあえず、彼女に電話しよう」
青柳はそう言い、部屋から職員名簿を取ってきて、溝口礼子の番号に電話をかけた。
ルルルル……ルルルル……ルルルル……。
呼び出し音が鳴り出してから、一分がたった。
二分がたった。
青柳は、胸が押しつぶされるような思いでその呼び出し音を聞き続けていた。

(つづく)

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快文書作成ユニット(仮)
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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