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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/10/17 (Tue) 18:42:18

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No.43
2009/10/16 (Fri) 00:59:57

「げほ、げほ」
 もうもうと立ち込める白い煙の中から、白衣を着た若い女が現れた。左手で口を押さえながら、右手で煙を払いのけている。辺りには、割れたフラスコやガラス管の破片が散らばっていた。
「やっぱりうちの小さな設備でニュートロニウムの実験をするのは無理があったわ……窓を開けて空気を入れ換えなきゃ」
 実験室の窓を開け、白煙がうすまり空気が澄んでくると、次第にくっきりと、彼女の美しい顔があらわになってきた。

 そのとき、窓の下から彼女に呼びかける男の声が聞こえてきた。実験室は、地上三十メートルの彼女の邸宅の一隅にあった。
「ああ、愛しのアデラインよ、僕のために窓を開けてくれたんだね!」若い男が地上から熱心に叫んでいた。
「ごほ……え、またアラン? しつこいんだから。さっさと帰って頂戴!」
「ああ、アデライン! 君の顔は満月のように輝いている!」
「え? 私の顔が何ですって?」
「満月さ! そして君の瞳はエメラルドのように……」
「うるさいわね! 不法侵入しといてぐだぐだ言ってるとレンガをぶつけるわよ! あ……頭痛がするわ。セバスチャン。セバスチャン」
「お嬢様、御用ですか」
 すらりとした長身の、モーニングを着た執事が入ってきた。四十歳ぐらいに見える。
「ここを片付けて頂戴。アランも何とかしなさい。あ、その前にお茶を入れてくれないかしら。煙で喉が痛いの」
「かしこまりました。しかしお嬢様、もう危険な実験はおやめになってはいかがでしょうか。大切なお体です」
「私はつねにフロンティアを求める科学者なのよ。危険はつきものなの。それよりセバスチャン、ちょっと太ったんじゃない?」
「そんなことはないかと存じますが」
「そうね、アンドロイドが太るわけないか。でも機械の体でも運動は大切だわ。ビリーズブートキャンプでもなさい」
「かしこまりました」

 アデラインは書斎でお気に入りのマホガニー製の椅子に腰掛けると、大きく一つ息をついた。栗色の髪、透き通るような白い肌。白衣に包まれた、ほっそりした肢体とふくよかな胸。眼鏡はかけていないが視力が悪いらしく、切れ上がった目の中の瞳は茶色く潤んでいる。芳紀まさに十九歳とはいえ、その美しさは水際立っていた。
「お嬢様、お茶が入りました」
「あ、ありがと。ところで私が実験室にこもっていたとき電話があったみたいだけど、誰から?」
「人口省のウィンダム部長からです。八分の一計画の進捗状況についてお尋ねでございました」
「ああ、あの件ね……最近いろんな研究を同時進行でやりすぎて、しばらく報告がとどこおってたのね。うーん、上手くいってるといえばいってるんだけど、どうも被験者の精神状態がひっかかるというか」アデラインは白衣の腕をまくり、お茶をすすりながら言った。
「精神に変調が見られるのでございますか」
「変調と言っていいのかどうか微妙なんだけど……。セバスチャンも一度ようすを見て頂戴」
 八分の一計画とは、膨れ上がった地球の人口に対し、食糧問題を解決するため、人間の体を八分の一に縮小しようというプロジェクトだった。人体を実際に縮小する装置の開発および人体実験を、アデラインは政府から委託されていたのである。

 二人が第七実験室と書かれた扉を開けると、それに反応したのか、何者かの甲高い小さな声が聞こえてきた。
「おお、麗しのアデライン! 今日もあなたに会えて嬉しい!」
 大きなガラス瓶の中の、八分の一の大きさに縮小された人間の男が叫んでいた。
「ただお嬢様に想いを寄せているだけではございませんか」セバスチャンが言った。
「でも言う事がちょっと変なのよ」
「ああ、アデライン! 僕の小さくなった体は、胸の鼓動で張り裂けそうだ! どうか、どうか君の素足で僕を踏みつぶしておくれ! 押しつぶされたいんだ。ぺちゃんこにぶちゅっとつぶれた僕の汚い体を、その美しい指でつまみあげて、その瞳で見つめてほしいんだ」
「ちょっと変態趣味でございますね」
「マゾヒズムの極致だわ。でも、八分の一に縮小されたがゆえにこうなったのか、もともとこういう性格だったのかが分からないのよ。でももう一人の被験者はスカトロ趣味なのよ。私の口からはとても言えないようなことをしじゅう口走るの。そういうわけだからウィンダム部長には、もうちょっと実験を続けさせてほしいって言っておいて」
「かしこまりました」
「今日は疲れたから、お風呂に入って休むことにするわ……あ、それからその被験者には、ボードレールの『女の巨人』を朗読して差し上げなさい。どうせあたしの裸をしじゅう妄想して悶えてるんだから」

 湯ぶねにつかってうっとりと目を閉じるアデライン。ついさっきまで、無数の数式や化学式が渦まいていた彼女の頭の中は、心地よさにとろけるようになって、七色にきらめく雪の結晶のような模様がたくさん、ゆっくりと寄せては返す波のようにまぶたの奥に映し出されていた。
 ピリリリリ……ピリリリリ……。
「え、電話? しかも緊急用回線の音だわ」
 彼女は立ち上がり、浴室内の電話を取ろうとした。
「ん? 何これ……セバスチャン、誰がお風呂場にテレビ電話を取り付けろって言ったのよ! 出られないじゃない! でも、この電話は明らかに非常事態だし……しょうがないわ」
 アデラインが電話を取ると、スクリーンに大統領の姿が映し出された。
「やあ、アデライン、久しぶりだな」
「ア、大統領閣下! ご免なさい、すぐ服を着ますから」
「構わん、公用だ。実は地球全土を危険に陥れる大事件が勃発してな。是非とも君の力を貸してほしい」
「あ、ハイッ」アデラインは敬礼した。
 大統領側のテレビ電話には、敬礼するアデラインのあられもない裸体が映し出されていた。
「で、閣下、どのような事件ですか」
「ハワイ上空に核ミサイルを多数搭載した宇宙ステーションがあるのを知っとるだろ。あそこにある男が侵入し、ステーションの人員を神経ガスで皆殺しにして立てこもったのだ。その男はDと名乗っておるが、地球連邦政府に百億クレジットを要求し、それに応じない場合はミサイルを主要都市に向けて順次発射するというのだ」
「で、そのDという男から宇宙ステーションを奪い返せばいいんですね」
「そうだ。政府はこのようなテロに屈服するわけにはいかん。もしDを生け捕りにしたら一千万クレジット、彼を死なせて事件を解決した場合は五百万クレジットの褒賞金を出そう。解決の方法は全て君に任せるが、小型の宇宙ステーションが件のステーションから七百宙里はなれたところで待機しておる。それを使えばよいだろう」
「了解しました」
「結構。では豊饒なる大地に」
「豊饒なる大地に」

 アデラインは急いで服を着て、といってもちょっとよそ行きの、黒い水玉模様がついた赤いワンピースを着ただけで、自家用ロケットの発射台に向かった。
「セバスチャン。第六実験室に、八分の一計画で作ったポータブルの物質縮小装置があるから持ってきて。あ、それと第二実験室に、No.7の番号をふった箱があるからそれも持ってきて頂戴」
「は、ただいま」
 彼女はセバスチャンに機械類をロケットに積み込ませると、操縦席に乗り込もうとして、
「あ、何度も悪いんだけど、ドライヤーも持ってきて。髪を乾かす時間がなかったの」
 
 栗色の長い髪をすっかり乾かしたアデラインが、小型ステーション「青い三日月」に到着すると、その乗組員たちは緊張していた面持ちを一斉にゆるめ、にこやかに彼女を迎え入れた。長時間Dの占領したステーション「白鳥」を、男の乗組員だけで監視していた緊迫した雰囲気の中に、普段着に近い美しい少女がふいに現れたものだから、一瞬空気がはなやいだのだった。それともちろん、その少女が頼りになる天才科学者アデラインだったという安堵感もあった。
 アデラインは大きなトランクを引っ張ってきていた。
「皆さん、よろしく。あたし、これからある装置を組み立てるので、出来上がったらそれをステーションに取り付けるお手伝いをお願いします」

 アデラインの装置の準備が整うと、彼女を中心に乗組員たちはブリッジの席についた。
「Dと話をします。チャンネルをオープンにしてください」とアデライン。
「了解。ただDは顔を隠していますから、音声のみの通話になります」
 しばらくすると、スピーカーから、
「なんだ、何か用か。それとももう百億クレジットの用意ができたのか」と、男のだみ声が聞こえてきた。
「あなたがDね。わたしはアデライン。地球連邦政府大統領からこの事態の収拾を任されたの。もう抵抗は無駄よ。早く降伏しなさい」
「あんた女か。降伏しなさい? 馬鹿じゃねえか? こっちはすぐにでもニュー・ニューヨークに向けて核ミサイルを発射できるんだぜ」
「いちおう、降伏は勧めたわよ。それじゃ、こっちはこっちの手を打たせてもらうわね」
 アデラインはそう言うと、ひざの上に乗せた銀色の小箱に手を伸ばし、幾つかのボタンを押した。
「ん、なんだ、この黒い穴は? ぎゃー、なんだこいつは! あんた何をやった」Dが叫んだ。
「あ、その音だと、きっと黒い大ダコのような怪物の腕が、あなたに巻きついてるんじゃない? ホラホラ、早く降伏しないともっと恐ろしい化け物がその穴から出てくるわよ」
「ぎゃあ、なんだこりゃ、でっかいベロにピラニアみたいな口がいっぱいついてて……おい、噛み付くな、やめろ、やめろ」
「アハハ。その子は人間に会うのは初めてだけど、あなたのことが気に入ったみたいね。ゆっくり遊ぶがいいわ。まだまだお客さんは来るはずよ」
「うわ、また出てきやがった。でっかい蟹! 甲羅に人間の頭が四つも五つもついてら……うげ、気味が悪い、分かったわかった、もう降参だ」
「じゃ、そのステーションの核ミサイルをすべて船外に廃棄しなさい。いくつミサイルがあるのか知ってるんだからごまかしは効かないわよ」
 しばらくすると、ステーション「白鳥」の中央ハッチが開き、次々と核ミサイルが放り出された。
「それで全部ね。Dさんありがとー。じゃ、こっちから迎えを寄こすから待っててね」
 核ミサイルを回収するためと、Dを連行するために小型船が二隻、「青い三日月」から出発した。

「ふう、これで一安心ですね。しかし、あの装置、平行宇宙導来機とか仰ってましたが、いったいどんな原理なんですか。平行宇宙とこの宇宙をつないで、好きな場所にその通路を作ることができるってことだけ聞きましたが」
「平行宇宙はね、無数にあるの。四次元空間の有界部分集合のほぼ全体だから、ふつうの無限個よりもずっと多い『アレフ2』というレベルの無限の数だけあるってわけ。その平行宇宙をひとつの四次元空間に適切に埋め込んで考えたとき、二つの平行宇宙A, Bの『通じやすさ』、まあ距離と言ってもいいわね、それがAとBの対称差の体積に比例して定まるの。その距離が小さければ、比較的小さなエネルギーでその平行宇宙どうしを通じさせる穴を開けることができるのよ。Dが見たグロテスクな怪物たちは、あたしたちの宇宙からそう『遠くない』ところにある平行宇宙の住民ってわけ。でも、その怪物さんたちもきっと、Dを見て『なんて醜悪なんだ』って思ったでしょうね」
 アデラインはぽかんとしている乗組員に早口で説明しおえると、ケラケラと明るく笑った。

 しょんぼりしたDが、ステーション「青い三日月」に連行されてきた。粗野な顔つきをしていたが、よく見るとまだ若い男だった。
「Dさん、ちょっとは反省した?」アデラインが尋ねると、
「あんたがアデラインか? こんなに若いとは……いや、反省したよ」
 アデラインはいきなり、金色の小箱をDに向けてボタンを押した。きりきりという不思議な音とともに発射された光線は、みるみるDをコビトにしていった。もとの大きさの八分の一を通りこして、Dは豆粒ほどの小さな人間になってしまった。
「チビDちゃん、『白鳥』の乗員を神経ガスで皆殺しっていうのはちょっと罪が重すぎるわね。今どんな気分? あたしに踏みつぶされたい?」
「は、はい、美しいアデラインさん」
「うーん、やっぱりこの物質縮小装置は欠陥があるんだな。じゃ、遠慮なく」
 と言ってアデラインはハイヒールのかかとでぐいとDをふみつぶしかけて、
「って、うっそぴょーん。あたしだって一千万クレジット欲しいもーん」
 
「じゃっあねー」
 荷造りを終えたアデラインは、縮小されたDをそのままにして、天真爛漫に皆に別れを告げた。「青い三日月」の乗組員たちは、なかばあっけに取られながら、アデラインの乗る自家用ロケットが去っていくのをいつまでも見送っていた。

(終) 

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209 〜 PNの由来は映画『ロボコップ』に登場するオムニ社の敵役ロボットからです。今まで書き溜めてあった自身の体験談やコラムを発表するには良い機会と思い寄稿させて頂きました。是非、御読みになってみてください。そして何より皆さんに楽しんで貰えれば嬉しいです。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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