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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/08/20 (Sun) 16:49:38

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No.436
2011/05/23 (Mon) 23:43:54

「光彦、お仏壇にお水をあげてきて」台所で、昼食の用意をしていた母親が言った。
「はーい」光彦は小さな湯呑に水を汲んで、居間に持っていった。「向こうの天気はどうかな」
「晴れてるんじゃないかしら。でも、寒いだろうから、セーターを着ていきなさい」
 光彦はセーターを着て、湯呑を手に持ち、仏壇の扉を開いた。
 扉の向こうには、雪原が広がっていた。その上空は快晴で、雲ひとつなく真っ青だった。右手の、遠くのほうに、ブナ林が見えた。
「あんまり長居しちゃだめよ」
「ああ、すぐ帰ってくる」光彦は、小さな体を仏壇にもぐりこませ、雪原に降りた。突然広々とした世界に降り立った彼は、ぶるっと震えた。陽光を全身に浴びてはいたが、かなり寒かったのだ。この雪原の世界からは、彼の今通ってきた、こちらへの入り口の跡は、何も見えない。ただ何もない空間が、広がっているだけ。しかし目に見えなくとも、仏壇の縁に手を触れることはできる。そこで光彦は、ハンカチを取り出して、雪の中に半分だけ埋め、元の世界に戻るための目印にした。赤いハンカチが、遠くからでもよく見えるだろう。少年は目を細めて、周囲を見渡した。どこまでも平坦な、まばゆいばかりの雪景色。そして、この世界で唯一、白くも青くもない、茶色のブナ林に向かって歩き出した。
 ブナ林の中に、彼の父の墓所がある。そこへ行って水を供えるのが、光彦の日課だった。
 光彦は湯呑を手に、黙々と歩いた。しかし、林にはなかなか近づかなかった。林との距離は、縮まる気配をまったく見せなかった。光彦は汗だくになった顔をあげて、言った。
「父さん、意地悪はやめて」
 すると、ブナ林がパッと近くに現れた。光彦は安心して、ひとつため息をつき、林の中に入っていった。そして、林の真ん中に位置する祠に水を供えて、すぐにもと来た道を引き返し始めた。が、今度はなかなか林から出られない。なんだか、ブナの木がさっきより多くなった感じだ。
「ごめん。長居できないんだ」すると、光彦の周りから木々が消え失せた。「赤いハンカチが埋めてある所まで運んでいってくれると、嬉しいんだけど」
 しかし、彼がそう言ったとたんに、周囲の雪の色がすべて真っ赤になった。見わたす限り赤色になった雪原は、気味の悪いものだった。
「目印が分からなくなったから、連れてゆけないって言うつもりかい。もういいよ、自分で探すから」少年はそう言って、歩き出した。すると、雪は元通りの白になった。
「ありがとう」
 しばらく歩くと、光彦の目の前に、大きな木造の家が現れた。扉がひとりでに開く。彼は立ち止まった。
「この家に住めって言うの。駄目だ、早く帰らないと母さんが心配する」
 すると家が、ミシッミシッという音を立てて、少しづつ動き始めた。やがて家は、回転運動を始めた。それはだんだんと速さを増し、ぐるぐるぐるぐる、ものすごい勢いで家が回り始めた。
「なにしてるの。どうしたの、父さん」光彦の顔に不安の影がさした。
 空が突然、黄緑色に変わった。真っ黒い雲が、どこからか次々と集まってきて、強い雨が降ってきた。雨に混じって、白くて丸いものが、たくさん落ちてきた。よく見ると、それは無数の人間の目玉だった。
「父さん。どうしたの。本当にどうかしたの」光彦の顔色は蒼白になっていた。帰れなくなるのではないか。そんな予感が、彼の頭をよぎった。
 雨は、どんどん強くなっていった。広々とした雪原はもう見えず、あたりは灰色だった。地面は、雨でグシャグシャになり、だんだん茶色っぽくなっていった。
 雨の中、光彦は走った。赤いハンカチを早く見つけないと、どういうことになるか。しかし、光彦は泥に足を取られ、倒れた。その瞬間に雨はやんだ。
 周囲は一転して、大海原になっていた。空は快晴。光彦は、海に浮かんでいた。見わたす限りの海。陸地はない。
 光彦は、大洋のうねりに、身をまかせていた。雲ひとつない青空のかなたで、太陽がギラギラと輝いている。彼は恐ろしくなった。少年は、体をあっちに運ばれこっちに流されしているうちに、気が遠くなっていった。

「光彦。光彦」母親が、かたわらから、彼を呼んでいる。光彦は、布団に横になっていた。助かったのだ。彼が目を開けると、母親は安心して、言った。「よかった……大丈夫なのね」
 光彦は、居間に寝かせられていた。仏壇を見ると、扉は閉じられ、大きな錠前がかけられている。扉のすきまから、海草のようなものがはみ出し、仏壇のまわりは水で濡れていた。
「父さん、急におかしくなったんだ」光彦が言った。
「そうね……あのお仏壇は、とうぶん開けられないわ」
「父さん、また元気になるかな」光彦はそう言って、仏壇の閉ざされた扉を、じっと見つめた。いつまでも、いつまでも。


(筆者による文芸社刊『無限ホテル』所収の「静かな、広々とした」を改作)


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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

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 ♘ ED-209 〜 PNの由来は映画『ロボコップ』に登場するオムニ社の敵役ロボットからです。今まで書き溜めてあった自身の体験談やコラムを発表するには良い機会と思い寄稿させて頂きました。是非、御読みになってみてください。そして何より皆さんに楽しんで貰えれば嬉しいです。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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