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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
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2024/04/20 (Sat) 08:19:05

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No.440
2011/07/17 (Sun) 13:50:09

 大学時代のやや奇妙な体験の話を、少しずつ思い出しながら書いてみよう。
 十代後半から二十代前半にかけて神経症に悩まされていた自分は、ふつうの友達づきあいがなかなか持てず、学校にいてもクラブやサークルにはほとんど属することがなかった。
 しかし大学三年の時分、五月か六月だったと思うが、図書館にいるとき、あるサークルの勧誘を受けた。小柄で色黒、四角い顔のその学生は、「カープ」というイベントサークルの者だと名乗った。僕は暇だったからなんとなく彼についていき、あるスーパーマーケットの二階にあるそのサークルの部屋に足を踏み入れた。はじめは世間話をしていたが、やがて三十分ほどビデオを視聴するように言われた。見てみると、映像に登場したスーツ姿の講師が黒板を使って「どんな現象にも必ず原因がある」という話を、いろんな例を使って語りはじめた。「ではそもそもこの世界が発生した原因は? そこにも原因があるに違いない」と講師は言った。「それは神である」。この時点でおかしいと気づくべきだったのだろう。そこはイベントサークルなどではなく、世界基督教統一神霊協会、いわゆる統一教会の学生支部である「原理研究会」だったのである。

 しかしそのことは伏せられたまま、僕は一泊二日の合宿に行くよう説得された。兵庫県の武田尾にある合宿所に向かって午後六時に車で出発、という約束をさせられたあと、統一教会のより深い教義について話を聞いた。
 眼鏡をかけやや肥満気味の、三十歳ぐらいの男による講演を、別室で僕一人で聴いたのである。「歴史の周期性」の話が中心だった。つまり欧米の歴史において、大きな戦争と泰平の時期が120年から150年の周期で規則正しく現れてきたというのである。講師は黒板に年表を書き、戦争とその終結を意味する条約の名称を書き連ねていった。そしてその周期性は、神の意思が人間の歴史に介入していることを証明しているというのだ。講演の最後に、彼は「われわれは世界基督教統一神霊協会の学生支部、原理研究会だ」と初めて宣言した。
 僕はまさかと思い泡を食った。いや、三十分後には合宿所に向けて出発することになっているが、合宿になど行ったら二度と帰ってこれなくなるのではないか。そう思い、とりあえず出発を遅らせようと思った。その講師の語った神の理論に対する反駁を試みたのだ。まず歴史の周期性などというが、年表に書き込まれた事件は、周期をもつように都合よく歴史からピックアップしたものに過ぎないのではないか。それにここで語られているのはすべて欧米の歴史であるが、中国など東洋にも歴史はある、なぜそれが無視されているのか。とにかく思いつく限りの反論を述べ続けなければ、話が終わってしまい合宿所に連れて行かれるのだから、必死に喋りまくった。その眼鏡をかけた講師の男性は僕の話に真剣に耳を傾けていた。そして僕の反論には何も抗弁せず、やがて「中村君は真面目な学生だね」と感嘆したように言った。
 しかし六時出発を一時間半ほど遅らせるのには成功したが、合宿に行くという約束は約束だ、ということで僕は連れて行かれることになった。その際僕は、自分の身の安全をその講師に約束させた。自分は約束を守って合宿に行くのだから、そっちも約束を守るようにと、強く念を押した。その講師は、真摯な態度でそれをうけあった。彼は信頼してよい人物のように思われた。

 合宿所につき、薄暗い大広間に入ると、盛大な拍手で迎えられた。そこには十名ほどの若い男女が車座になって座っていた。大部分は僕の知らない原理研究会のメンバーだったが、僕のほかにも新規参加者が二名、他の大学から迎えられていた。そして僕らを無理に引き込んで、「社長ゲーム」というリクリエーションが始まった。他にも何とかいうゲームをいくつかやった。その日はそれで布団を敷いて眠り、翌朝からまた講義を聴くとのことだった。僕はその晩はまったく眠れなかった。統一教会であることを隠しておいてここに来るよう約束させたそのやり口に腹が立って仕方がなかったから。だから翌朝講義が始まったら、講師が喋るのをさえぎって立ち上がり、その件を問い詰め謝罪させようと思った。
 しかし翌日、なぜか自分はそれをしなかった。統一教会の言い分もまず聞いてやろうと思ったのかも知れない。そこでの講師はまた別の人物だった。一時間ほど講義を聞いて休憩、というのが何度か繰り返された。休憩時間になると原理研究会の若手のメンバーに誘われ、広間の後ろのほうであぐらをかいてお茶を飲んだ。そうこうするうちに怒りが収まってきたが、休み時間に相手をしてくれる若手メンバーには、自分が不愉快に感じていたことを率直に伝えた。
 午後には近くの体育館に行ってバレーボールをした。統一教会の合宿では、午後にはスポーツをするのが慣例になっているようだった。

 けっきょく合宿から無事に帰ることができたが、普通の人間ならそこで辞めて二度と近づかないところだろう。しかし原理研究会というところは、そこを辞して帰宅する際には「次はいつ来られる?」と必ず聞いてくるのである。そう言われて「二度と来ません」とはなかなか言えないもので、いついつの何時、と答えることになる。その約束を律儀に守り、ずるずると縁が切れなかったのだから僕はすこし馬鹿だったのだろう。それに統一教会の語る神や教義をかたときも信じたことはなかったが、僕はだんだんと面白くなってきたのである。聞かされる話は嘘にしてもなかなか面白かったし、信者の生態も面白かった。
 で、しまいには夏休みの一か月の合宿にまで参加した。僕も物好きなものである。統一教会の資金集めの手段の一つである訪問販売にも参加した。ただし壷ではなく一枚二千円のフキンを売るのである。一日で一万円売り上げた記憶がある。
 一か月の合宿のあとしばらくして、僕は原理研究会を辞めた。その支部の責任者の人柄にもよるのだろうが、率直に「神は信じられない。辞めさせてもらいます」と言えば辞めさせてもらえるのである。しかし嘘をついて約束の時間に行かなかったり、合宿所から逃げたりすると、彼らはどこまででも追いかけてくる。

 統一教会に関わっていたときは、いつまでも手が引けなかったらどうしようと思うと怖くもあったが、いろいろと面白い話が聞けた。合同結婚式をやる理由なども、奥が深いものである。彼らによると、統一教会の教義を知った上で背信すると、知らなかった場合よりも深い罪を負い、死後地獄のようなところに行くそうだ。死後のことにあまり興味はないが、僕はきっと地獄に行くのだろう。

 また気が向いたらこの話の続きをしようと思う。


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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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