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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/10/17 (Tue) 16:45:58

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No.200
2010/01/23 (Sat) 17:43:57

学習塾でのアルバイトで、高校一年生に物理を教えることになった。ここで働くことになった際、自分が高校生相手に教えられるのは数学と英語だけだとはっきり言ったのだが、人手不足ということで急遽このようなことになった。個別指導で、生徒の表情を見ながらだから、相手が解っていなさそうだったら繰り返し説明ができるという利点があるが、こちらも物理なんて勉強するのは高校生の頃以来だ。大学のほうも結構忙しいが、物理のことはほとんど無知なだけに、教えるための予習はきちんとする必要がある。今教えている力学の初めのほうについては、テキストを読んでいると、かなりの部分は数学だけで処理できそうな感じがする。あと若干の常識が必要とされるようだが。常識といっても「床の上の物体に力を加えて動かすと、その力の逆方向に摩擦力が働くはずだ」みたいな、誰でも生活の中で実感しているようなことが多い。高校物理などならまだ「確実な答え」にたどりつけるような印象は持てるが、一般に「日常の常識」がからむ問題について「確実な答え」に到達するのはとても難しく感じる。

数学では(少なくとも建て前上は)日常生活からの「常識」は必要がなくて、公理から論理(推論規則)で導き出されたものだけを事実と認めていかなければならない(論理で詰めていくのではない「直観的イメージ」が実は大事だったりするのだが)。数学で述べられる文章の背後に「常識」というものがあるとすれば、あくまでそれは「数学内部の常識」で、日常生活の常識とはひとまず無関係である。

「200円持って買い物に行き、80円の物を買った。お釣りはいくら?」という問題に対して、数学の問題だと思えば答えは「120円」が妥当かもしれないが、80円の物を買うのに200円出す者はいない。日常的常識を加味すれば、お釣りは「20円」もしくは「0円」のはずだ。

数学を熱心に勉強していると、数学書以外の本が読めなくなる、という話をたまに聞く。自分もそのような経験があり、そうなるのはまだ数学に慣れていない人だと思っていたが、自分よりずっと数学に詳しい方もそのような経験をしているらしい。そうなる理由は人それぞれかも知れないけれど、文学的な文章を読む際、言葉の背後にある「常識」を加味すれば自然に味わえるものを、背後の「常識」を切り離して「言葉の列」だけで見ていって「論理的誤謬」が見つかると拒絶反応を起こしてしまう、僕の場合はそんな感じだった。ことさらに疑り深い態度で読書に臨んでいるつもりはないのだが、自分の目が勝手に文章中の「論理的矛盾」を拾い出してくるのだから仕方がない。たとえば「例外のない規則はない」という言葉を見た瞬間に、「この言葉自体も『規則』と見なすと、これにもやはり『例外がある』ことになり、すなわち『例外のない規則がある』ことになって矛盾するなあ(これはラッセルのパラドックスだなあ)」などと思ってしまうのも、ありがちなことだ。

言葉が発せられた状況とか背後にある常識を捉えられないで、言葉そのものだけ見てしまうのも、程度が過ぎれば「病気」と見なされる。精神に障害のある人の施設で、トイレの個室のところに「ドアを開ける前に、まずノックをしましょう」と貼り紙をしていると、障害のある人はトイレに入るときのみならず、出て行くときも内側からノックしてからドアを開けるのだという。

「ナポレオンが赤いズボン吊りをしていたのはなぜか?」というクイズ。答えは「ズボンがずるからだ」……というのは一つのジョークだが、上述のような病の兆しが見られる人は、なかば真剣にそのような答えをしそうな気がする。

昔「それゆけスマート」というスパイもののコメディがあって、それに出てくる「ララビー」という脇役の情報部員が、それに類したギャグをよくとばしていた。

・ ある双子の男の一方が死体で発見されたあと、その双子そっくりそのままの二人が生きて現れて皆びっくりする。主人公のスマートが「片方は死んだはずでしょう」というと、二人は「いや、我々は実は三つ子なのだ」。すかさずララビー「あんたたち二人が三つ子?」

・ ララビーが夜、情報局に出勤してきて「おはようございます」。上司である「チーフ」が「おい、今何時だと思ってる」。ララビー「八時です。定刻に出勤してきましたが」「出勤時間は朝の八時だ。今は夜の八時だぞ」「ホント!? どうりでみんな帰っていくと思った」

・ 情報部員と結婚しては相手に保険金をかけて殺すということを繰り返していた、悪の機関「ケイオス」の女スパイ。その殺人の証拠を突き止めるため、スマートが女スパイと偽の結婚式をあげ、ホテルの部屋で二人きりになって彼女の挙動を観察することになった。ララビーが部屋にずかずか入ってくる。スマート「いったい何の用だ」。ララビー「いや、君がロビーの植木鉢に残したメモを見て上がってきたんだ」。そんなメモを残した覚えのないスマートが「いや、僕は植木鉢にメモを残したりなんかしていないよ」というと、ララビー「あれが植木鉢でないとしたら、何だろう?」

言葉や時計盤をあまりにそのまま信じてしまうララビーは、あくまでギャグとしての存在だが、「お役所」など規則一点張りの場所でも、そんな冗談のような会話が実際になされているのかも知れない。「規則」が「常識」を離れて暴走している例をときおり見かけるが、笑わせてくれるような実例はあまりないような気がする。何かの本で読んだが、ある新聞への投書にこんなものがあったそうだ。「自分の住んでいる地域は町内会活動が活発で、三日とおかず回覧板がまわってきます。そのため素早く次の人にまわさなくてはといつも緊張しているのですが、あるときの回覧板に書かれていたのは一言だけ、『回覧板は早くまわしましょう』」。


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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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 ♘ ED-209 〜 PNの由来は映画『ロボコップ』に登場するオムニ社の敵役ロボットからです。今まで書き溜めてあった自身の体験談やコラムを発表するには良い機会と思い寄稿させて頂きました。是非、御読みになってみてください。そして何より皆さんに楽しんで貰えれば嬉しいです。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



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