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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/26 (Fri) 17:43:52

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No.50
2009/10/16 (Fri) 01:16:16

 浪山帝国大学サイバネティックス研究所――大学本部から遠く離れ獄門島に設けられたこの研究所が、考古学者草壁の新しい職場だった。その名前に似合わず石造りの古めかしい建物で、なかへ一歩足を踏み入れるとかび臭い空気が鼻をつき、昼間でも薄暗く、何ともいえぬ陰鬱な雰囲気につつまれた空間だった。
 草壁が赴任してから二日目、出勤してくると、建物の中を数名の警官が行ったり来たりしており、時おり誰かの怒号も響き渡ってなにやら騒々しかった。同僚に出くわしたから、草壁はわけを尋ねてみた。
「物理学の石黒教授ですよ、公金横領の容疑で逮捕されたんです。教授は否定してますがね」
 同僚はそう言うと、足早に立ち去った。草壁もしばし怒声の聞こえるほうを見ていたが、やがて肩をそびやかし自分の研究室に入っていった。

 草壁の長女、殺気(さつき)は早くも新しい学校に、すっかり馴染んでいた。隣の席になったミッちゃんとはすぐに仲良しになった。今朝もミッちゃんは殺気の家に迎えに来てくれ、父親は「もう友達ができたのかい」と目を丸くしていた。
 すこし離れた席にいる姦太(かんた)は、近づいては来ないものの、その不気味な黄色い目で四六時中、殺気を凝視していた。
「姦太のやつ、また殺気ちゃんを見てるわよ。きもーい」とミッちゃん。
「ご近所さんなの。仲良くしなきゃ」殺気は苦笑いしながら言った。
 三時間目のあとの休み時間。
 姦太は左手を机の上において、カッターナイフの刃で指の間をトントンと突き始めた。級友がわらわらと姦太の机のまわりに集まってくる。
「殺気ちゃんの気を引こうとしてるのよ」とミッちゃん。
 カッターが指の間を移動するスピードがどんどん増してくる。その間もときおり殺気のほうを見て「うー、うー」とうなる。そして何度目かのよそ見をした瞬間、薬指と小指の間を突くはずだったカッターが、姦太の小指をはね飛ばした。
「うがー!」
「ちょっと姦太くん!」殺気が驚いてかけ寄ろうとすると、ミッちゃんが手を引っ張った。
「ほっときなさいよ。あいつ、しじゅうあんなバカやってんだから」
 教室はしばしどよめいていたが、ミッちゃんの言うとおりこんなことは日常茶飯事らしく、級友たちはすぐに関心を失った。

 いちにちの授業が終わると、ミッちゃんが言った。
「今日はちょっと寄り道して帰らない? 面白いイベントがあるの」
「なに、イベントって?」
「ギロチンよ、ギロチン」
 ミッちゃんの話によると、学校の裏手をすこし行ったところに高台があり、そこに断頭台があるらしかった。そこで今日、死刑がおこなわれるという噂が伝わってきたのだ。
 二人が高台に行くと、すでに人だかりが出来ていた。どんよりと曇った空の下、黒々とした断頭台がそびえ立ち、その刃は鈍い光を放っていた。
「今日は誰が死刑なのかしら。あ、死刑囚が見えたわ……あれ、石黒博士じゃない?」
「誰それ?」
「サイバネティックス研究所の物理学教授よ。天才というもっぱらの噂よ」
「その研究所って、あたしのお父さんの勤め先だわ……なぜそんな人が死刑になるの?」
「待って……他にも死刑囚がいるらしいわ」
 石黒博士の他、手錠をはめられた男たちが三人、警官に引っ張られてきた。そのなかに、容貌が石黒博士とよく似た男がいた。
「あれは石黒博士の双子の弟じゃないかしら……このあたりでは札つきの浮浪者で、しかもキチガイよ。みんなタケやんって呼んでるけどね」
 警官の一人が一枚の紙を広げ、刑の執行に先立って一人ひとりの罪状を読み上げた。
「イシグロアツシ。サイバネッティクス研究所教授。罪状は公金の横領」
「違う! 私は無実だ! 誰かにはめられたんだ!」石黒博士は叫んだ。しかし警官は無視して、淡々と書類を読みあげる。
「イシグロタケシ。無職。罪状は強盗殺人……タニヌママサヒロ。無職。罪状は……」
「冤罪だ!」
「よって大日本帝国刑法の定めるところにより、本日この四人を斬首刑に処す」
 石黒博士は最後まで叫び続けた。しかし刑吏は耳を持たないかのように、博士の頭を断頭台にむりやり据えつけ、無情にも躊躇なく、その重い刃を落とした。博士の首がとぶ。
「首、ひとーつ!」
 博士の双子の弟、タケやんもあとに続く。
「首、ふたーつ!」
 他の二人の死刑囚の斬首もつぎつぎ執り行われた。

 見物人が三々五々帰っていき、辺りが静かになると、刑吏は死体を一体ずつ別々に袋につめ、馬車で来ていた墓堀人に引き渡した。墓堀人は荷台に死体をのせると、夕闇のなか墓地へと続く道を、馬車を走らせていった。
 しかし、この墓堀人の行く先は墓場ではなかった。獄門島の南端にある、世捨て人として知られる喪漏博士(もろうはかせ)の屋敷に向かったのだった。

「喪漏博士、わしです、猿川です」墓堀人はドアをノックして言った。
「ああ、ご苦労」ドアを開けたのは、小柄で痩せてはいるが、知的で精悍な顔立ちの男だった。年は五十代半ばぐらい。これが喪漏博士だった。
「これが石黒博士の頭だね」
「へえ、そうでさあ。いや、ちょっと待てよ……この袋の中の胴体は、確かに石黒博士のもんですが、その顔立ちはどうも、タケやんのほうに似てますね……刑吏のやつ、チョンボしやがったのかな」
「誰だね、タケやんというのは」
「石黒博士の双子の弟でさあ。待ってくだせえ、タケやんの袋のほうの頭も持ってきますんで」
 喪漏博士と猿川は、二つの頭をならべて見比べた。
「タケやんというのも科学者なのかね」
「とんでもねえ、ウスノロの浮浪者です」
「では、こっちの頭が石黒博士のものだろう。この前額部の張り出し方を見たまえ。これは前頭葉が非常に発達し、科学的な思考に秀でた頭脳だ」
「難しいことは分からねえでがすが、あっしにはそれがタケやんのように思えますがね」
「いや、間違いなかろう。ほら、約束の金だ。もう引き取っていいぞ」
「しかし喪漏博士、あんたもよくやりますなあ。あっしが小耳にはさんだところでは、石黒教授の公金横領も、すべてあんたの差し金によるデッチ上げだとか……さぞ大金をバラ撒かれたこってしょう。そんなにまでしてその首が欲しいわけって、いったい何ですかい?」
「余計なことには首を突っ込まんことだ」
「あんたが助手さんと一緒にこの島に漂着したとき、船にヘンテコな猿をいっぱい積んでなさったね。両腕をもぎ取られたのや、両足だけ鹿みたいに長いやつとか。キチガイじみた実験を、今もこのお屋敷で続けなさってるんだろ。石黒博士の頭も……」
「もういい。あと幾ら払えば、その口を塞いでいてくれる?」
「へへ、さすが喪漏博士は話が早いね」

 猿川を追い返し、扉に施錠した喪漏博士は、買い上げた石黒博士の首を持って地下の実験室に下りていった。そこでは助手の毒島(ぶすじま)が、真空管や電気回路が複雑に入り組んだ装置を、熱心に調整していた。
「毒島君。待ちに待った石黒博士の頭が手に入ったぞ。天才の頭脳だ」喪漏博士はそういうと、頭の入った袋を丁寧に実験台の上に置いた。
「これで全てのパーツがそろったわけですね。ゴリラの腕と胸部、牛の胴体、馬の足、そして石黒博士の頭。これらをつなぎ合わせれば、強靭な肉体と優れた知能をあわせ持った、もっとも優れた生物が出来上がる……」
「それは人間を超えた、いわば神人類、ゴット・メンシュとでも呼ぶべきものだろう」
「しかし博士、これら各部を拒否反応なしにつなぎ合わせる外科的な理論は分かりましたが、仰っていた、確実に命を吹き込むという最後の段階の具体的方法については、まだうかがっていません」
「そう、そうだった。というのも、それを話してしまうと、君が引きつづき実験に協力してくれるかどうかが危ぶまれたからだ」
「まさか、私がこの期に及んで実験を放棄するとは、博士も本気で思ってはいないでしょう?」
「いや、それほどに危険をはらんでいる方法なのだ。覚えているだろう、わしたちが喉切島(のどきりじま)を脱出したときのことを」
「ええ、まあ」毒島はとたんに不愉快そうに表情をゆがめた。
「あの騒動のきっかけになった危険なガス、あれをもう一度使うのだ」
「まさか……」
 重苦しい沈黙が、喪漏博士の実験室を支配した。

(つづく)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

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 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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