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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/25 (Thu) 08:32:08

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No.52
2009/10/16 (Fri) 01:20:06

「夢でも見てたんじゃないの?」森の中で、殺気(さつき)が冥(めい)に言った。
「嘘じゃないもん」冥はかたくなに答えた。彼女の大きな目は涙ぐんでいる。
 冥は吐屠郎にこの森で出会ったことを、興奮して殺気と父親に伝えたのだが、再度森の中に入ってみると、どこにも吐屠郎のすみからしき場所は見つからなかった。
「誰も冥を嘘つきだなんて言ってやしないさ」草壁が神経質に唇の端をぴくぴくさせ、眼鏡を指でずり上げながら言った。
「この森の空気は異常だ。おそらく旧日本軍の化学兵器か何かのせいで、樹木から発するフィトンチットが毒性をおび、それが冥の視床下部に影響して幻覚を生んだのだろう」
「幻覚なんかじゃないもん!!」
 草壁は冥のことばを無視して、目の前の巨木に向かって叫んだ。「冥がひどい目にあいました! もうこんりんざい関わらないでください!」草壁は深々と一礼した。
「うちまで競走!」父はそう言うと急に駆け出した。
「あ、お父さんずるい!!」
「幻覚じゃないもん!!」
 そうして三人は、森を抜けて仲良くわが家に駆けていった。

 七酷山病院(しちこくやまびょういん)――獄門島の北端に位置するこの病院は、つくりは古い木造だが最新型の設備も備えた、この島には立派過ぎるともいえる病院だった。
 殺気と冥の母親が、肺病を患ってこの病院に入院していた。今日は、二人の娘が見舞いに訪れていた。
「それがね、お母さん、今度の家、またお化け屋敷なのよ」
「まあ。でもね、お母さん、お化け屋敷大好きよ」母はにっこりと微笑んだ。
 そのあと、母は殺気の髪をクシですいてやった。
「殺気はあいかわらずのくせっ毛ねえ。お母さんの子供のころにそっくり」
「私も大人になったらお母さんみたいな髪の毛になる?」
「たぶんねー」
 病室に、大柄でがっしりした、中年だが色白の医師が現れた。
「草壁さん、今日のお加減はいかがですか」
「ええ、とても具合はいいんですの。こうして子どもたちもお見舞いに来てくれましたし。……こちら、私を診てくださっている西神先生よ。殺気も冥もごあいさつなさい」
「しにがみ先生?」殺気が言った。
「ニシガミだ」医師は憮然として訂正した。
「わ、すみません!! すごく失礼なこと言っちゃいました!」殺気はあわてて頭を下げた。
「ワハハハ。いや、小さいのにしっかりしたお嬢ちゃんだ。いいさ、わしのことを死神博士と呼ぶ仲間もじっさい大勢いる。わしが外科医として、何でもすぐに切ってしまうからだろう。しかし風邪が万病のもとというのと同様に、ほんの小さな指先の怪我が破傷風を引き起こしたり、命に関わることが往々にしてあるのだ。命に比べれば、腕の一本や二本、足の二本や三本切り落としたって安い代償なのだ。だから何でも切ってしまうに限る。さっきも足に擦り傷をした少年がいて、膝から下を切断してきたところだがね」
「お母さんの具合はどうなんですか?」殺気が尋ねた。
「いや、君たちのお母さんの病気は軽いものだ。肺の一部をちょっと切り取れば助かるからね」
「ウシシ、ウシシ、シニガミ博士~」とつぜん冥が首をリズミカルに振りながら言った。
「なんだ、このガキは?」西神博士はさっきまでのにこやかな表情を一変させ、険しい表情で言った。そして冥の髪をつかんでぐいと顔を近づけた。
「目玉が異様に飛び出しておる。バセドー氏病か? そしてこの鼻と唇は末端肥大症の兆候を見せておる。それもおそらく重度だ。おい、助手! 新しい患者だ!」
「はっ」緑の手術着をきて大きな眼鏡をかけた助手が、鉄のベッドをがらがらと押して病室に入ってきた。
「このガキを緊急オペだ。手術の用意をしろ」
「術式は?」
「脳下垂体の部分切除およびラジウム片移植だ。甲状腺も切ろう。必要ならロボトミーも施す」
 助手は冥をベッドに押さえつけ、太いゴムひもで縛り付けてしまった。ぎゃあぎゃあ泣き叫ぶ冥を乗せたベッドは、あっという間にどこかに運ばれていった。
「冥、だいじょうぶかしら」殺気はあっけにとられて言った。
「あの先生に任せておけば大丈夫よ」母親はにっこりして答えた。

 草壁が毎日利用しているバスの停留所。夕方から急に雨が降り出し、殺気は父の傘を持ってむかえに行くことになった。西神博士の脳手術を受けて傷あとも生々しい冥は、家でじっとしていろという姉の忠告を聞き入れず、黄色い雨がっぱを着て、バス停まで付いてきた。
 冥は、雨のなか長時間バスを待つうちに眠くなり、立ちながらウトウトとしかけていた。
「ほら、いわんこっちゃない……私の背中におぶさりな」殺気が冥の小さな体をおんぶした。傘を差しながらだから大変だが、姉はこうしたことにはもう慣れっこだった。
 ぽとり……という音が耳に入り、殺気がふと横を見ると、そこには大きくて奇妙な動物が立っていた。頭は人間、胸と腕はゴリラ、腹は牛、足は馬……これは冥の言っていた吐屠郎に違いない。
「あなた、吐屠郎ね!? そうでしょ?」
 吐屠郎はうすら笑いを浮かべながら、殺気を見おろした。
「あ、ちょっと待って」殺気は、父の傘を開いて吐屠郎に渡した。「ほら、こうやって使うのよ」
 吐屠郎は傘を不思議そうに眺めてから、頭の上に差した。
 ぽとり……ぽとり……。雨のしずくの音が聞こえるたびに、吐屠郎は目を丸くしてニタリと笑った。
「気に入ってくれた?」殺気がにっこりして尋ねた。
 そのとき、暗闇の向こうにバスのヘッドライトが輝くのが見えた。
「あ、バスが来たわ」
 大幅に遅れたバスが、ようやくバス停に到着した。
 その途端、吐屠郎は血相を変えてバスの車体に手をかけ、ぐらぐらと揺すった。
「うがー!」
 吐屠郎はついにバスを横倒しにした。乗客の阿鼻叫喚。砕ける窓ガラス、炎を上げるエンジン。
「あなた、何するの!?」
 モンスターは殺気の詰問には答えずに、脱兎のごとく駆け出し、暗闇の中に消えていった。
「まったく、何事だい」草壁が額から出る血をハンカチで押さえながら、バスの窓から姿を現した。
「吐屠郎よ、吐屠郎が……」
 冥も目を覚ました。「え、吐屠郎? どこどこ?」
 バス停の横に、新聞紙で何かをくるんだらしい物が落ちていた。
「これ、吐屠郎からのプレゼントよ、きっと」冥が言った。

 この夕暮れの雨は、獄門島の運命を変える雨だった。島の南端にある喪漏博士の屋敷から漏れたゲルジウム・ガスが、雨に吸収されて地面に吸い込まれていった。そして運悪いことに、この島では土葬が一般的だった。いま、島の南部の墓地の地下からは、死者がうめき声を上げて次々と目を覚ましつつあった。
 ズボッ、ズボッ。墓地の地面から次々に突き出す死人の手……。
 このゾンビたちは、この島にいかなる災厄をもたらすのであろうか……。

(つづく)

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執筆陣
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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

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