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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/20 (Sat) 07:16:27

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No.57
2009/10/16 (Fri) 01:30:09

藩にはびこる汚職の弊をのぞこうという九人の若者の意見書を、城代家老の七田(ななつだ)は「いちばん悪い奴はとんでもない所にいる。危ない危ない」と言いつつ破いてしまった。
失望した伊瀬地(いせじ)ら九人は、大目付の菊田に相談を持ちかけ、その夜神社の堂で会合を持つことになった。しかし話を立ち聞きした椿三十円の介(つばきさんじゅうえんのすけ)が見抜いたとおり、本当の黒幕は菊田のほうだった。

三十円の介は普段から立ち聞きや盗み見に異常な熱意を示している変態であった。馬鹿だったから菊田が黒幕だというのはまぐれ当たりだった。堂に菊田の手勢が押しかけてきたときは内心どうやって逃げようかと思ったのだが、若者の一人のふところに大枚の小判がのぞいているのを見て気が変わった。どの若者も裕福そうで、たかればきっといい金になる。三十円の介は金がかかるとすぐに人格が変わるのであり、小判の束ほしさの一念であっという間に二十数人の手勢を片付けてしまった。
目の鋭い敵方の男が感嘆して「仕官の望みあらば大目付の役宅まで訪ねて来い。俺の名は室怒半太郎(むろどはんたろう)!」と言ったのを潮に菊田の手勢は引き上げて行った。

正座して深々と頭を下げる九人の若者に「礼なんかいいから金くれねえか」と言った三十円の介は、伊勢地が差し出した紙入れを覗いて「なんだこれっぽっちか。てめえらも有り金全部だしな!」と一同をにらみつけた。手にした大金を見て彼は満足そうに「今後もよろしく頼むぜ。生きるも死ぬもわれわれ十人!」と、勝手に若者たちの仲間になってしまった。

菊田の手勢が占拠する城代家老の屋敷から、城代の奥方と娘をみごとに救出した三十円の介と仲間たち。家老七田はどこかに連れ去られていて見つからなかったが、とりあえず奥方と娘を連れて馬草小屋に隠れた。

「すると大目付の口上は、城代に汚職の疑いあり、証拠隠滅を防ぐための非常の措置として伯父の身柄を拘束した、と、こうなんですね」城代の甥にあたる伊勢地が言った。
奥方はうなずいてから「私こんなに走ったの初めて。もう少し休んでからでないと動けませんよ」と、おっとりした口調で言った。
「なるほど、菊田のやつ考えやがったな」と三十円の介。
「このお方は……?」奥方が尋ねると、伊勢地は、
「はい、一口では言えませんが、不思議な縁でわれわれの仲間になったお方です。われわれの恩人です。そしてこれほどお金に汚い侍もめずらしい、と付け加えておきましょう」
「まあ、それはそれは」奥方が頭を下げると、三十円の介は、
「いや、はは、それほどでも」
「ところで、見張りの一人を捕まえた、あとの二人が戻ってきませんね。どうしたのかな」伊勢地はそう言って小屋の外を見た。
「私、この馬草小屋に入ったの初めて。干し草がいい匂いだこと」と奥方。
「私よくここに入るんですよ。卑織(ひおり)さまと一緒に。ね、卑織さま」娘の千鳩(ちばと)が、伊勢地を見て言った。
伊勢地はばつが悪そうに下を向いてから、「二人の様子を見てきます」と外に出て行った。
「ここは昼間でも静かだし、この干し草の匂いにつつまれていると、うっとりとなって夢心地になるの。それに大好きな卑織さまとご一緒でしょ。彼に抱きしめられてこの干し草の山に横たわるの……こうやって彼の手が私の腰に回り『千鳩、好きだよ』って耳元でささやかれながら、甘い気持ちをたっぷりと味わうの。一度なんか、卑織様の腕をまくらに、本当に眠ってしまったんですよ」
「まあ、お行儀の悪い」
「……」
「……」
盗み聞きが趣味の三十円の介はひどく興味を引かれ、熱心に千鳩の話に聞き入っていたが、話が終ったらしいのに気づくと急にイラついた表情になった。
「なんだ、それでおしまいかよ! おめえら恋人同士だろ? まだ続きがあるだろうが。まぐわいの話をしろよ、まぐわいの!!」と叫んで、千鳩の胸ぐらをつかんで揺さぶった。
揺さぶられて首をぐらんぐらんさせながら、千鳩はあまりのことに「あわわわわわわお母さん私デパスデパスデパス」
「あわわわおお母さんも胸が胸が。二、ニトログリセリンがきんちゃくに入ってるから取ってちょうだい」
伊勢地が戻ってきて「無茶はよしてください! 千鳩も伯母も病気なんですよ!」
「はっ。そんなもん赤チン塗っときゃ治らあ。ところで捕まえた見張りから何か聞き出せたか」
両脇から捕らえられていた見張りの男は「何も知らん! 知ってても言うもんか!」
「こいつ、どうしますか」
「ツラを見られたんだ、叩き斬るほかねえな」と三十円の介。
「いけませんよ、そんな」と奥方。「他の見張りの人を斬ったのもあなたでしょう? 助けられてこんな事いうのは何ですけど、すぐに人を斬るのは悪い癖ですよ……あなたは何だかギラギラしすぎてますね」
「ギラギラ?」
「あなたはさやに入っていない抜き身のような方。とってもよく切れます。でも本当に良い刀は、さやに入ってるもんですよ」
「さや? 抜き身?……よくわからねえな、そのたとえ。ちょっと待ってくれ……ん、ああ、あのことか。つまり何だ、男女の営みのことだろ? 抜き身が良くねえってんなら、いいサヤをあてがって貰おうじゃねえか」と言って三十円の介はまた千鳩に襲いかかった。
「きゃーっ」
「無茶はよしてください!」若者たちは必死に三十円の介を制止した。
「なんでえ」
「あなた、その解釈は違います、違うのです」と奥方。「それにしてもあなた、よくそんな非常識でこれまで生きてこれましたね」
「違うのか? 抜き身とサヤって言ったらそれしか思い浮かばねえよ」
「あなた、もっと想像力を豊かに」
「豊か?」
「そうです。私はあなたの目を見れば分かります。あなたのご両親はあなたに立派な情操教育をお授けになっています」
「情操? なんだそりゃ……ああ、ひょっとしてあれか? いま流行りの『ゆとり教育』ってやつか」
「ん……一部はそれとも重なってまいりますわね、そう、少年の心を保っている本当のあなたは、きっと欲望にがつがつしない、ひろびろとした心の持ち主のはずです」
「ひろびろ?」
「そう、とっても広いお心」
「というと、4LDKぐらいか」
「ん……ちょっと数値では表しづらいですわね」
「それじゃよく分からねえ」
「もっとイメージを膨らませて」
「イメージ?」
いらいらした伊勢地が叫んだ。「二人とものんびり会話してる場合じゃない! 早くここを抜け出さなくては! 行き先は平田の家だ」
平田は九人の若者のひとりで、敵の一人である具呂藤(ぐろふじ)の隣りに住んでいたが、「灯台もと暗し」ということでそこが集合場所になったのだ。

屋敷の土塀のそばまで一同は走ってきて、男たちはそこを登ったが、奥方と千鳩は
「そんな、殿方は大丈夫ですけど、あたしたちには無理ですよ」
「ねえ」
「ええい、何をぐずぐず!」三十円の介は叫んで、塀のそばで四つん這いになった。
「さ、俺を踏み台にしてくれ」
「そんな、いけませんよ」と奥方。
「それに、この人に触ったら、わたし犯されそう」と千鳩。
「そんなことしやしねえよ、状況を考えろ、状況を! ぐずぐずしてるとまた人を斬らなきゃいけなくなるんだぜ」
「でも……」
「やっぱり無理よ」
追っ手の声が迫ってきた。
「ええい、やっぱり斬らなきゃならねえか!」
しかし三十円の介が向かってきた追っ手に対し刀を抜こうとすると、奥方が
「いけませんったら!」と叫んで三十円の介を後ろから羽交い絞めにした。両腕の自由を奪われた三十円の介の腹に、敵は三方から刀を突き刺した。
「ぎゃーっ」
「さ、今のうちに逃げましょ!」奥方と千鳩は三十円の介をほったらかしにして、ぴょんぴょんと軽々塀をとび越えて逃げていった。

(つづく)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
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