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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
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2024/03/28 (Thu) 21:28:25

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No.646
2013/05/15 (Wed) 00:27:08

 五月三日は学校の吹奏楽部の定期演奏会があった。せっかくの祝日を寝転んで過ごしたい僕にとって吹奏楽などどうでもよかったはずなのだが、たまたま教えに行っているクラスの女子の多くがそのクラブに属しており、ことあるごとに僕に演奏会を見にこいと言ってきてうるさかった。授業時間以外で学校と関わるのが嫌なために非常勤講師として勤めているのだから、僕は彼女らの誘いを適当な言葉ではぐらかし、演奏会には行かないつもりでいた。

 しかし三日の早朝まだ夜の明けない四時ごろ、遠方の友人と電話で話していてすこし気持ちがぐらつき始めた。僕が今の教師の仕事での最大の関心事は来年の四月以降も契約を延長して雇ってもらえるかどうかだ、というと彼女は、それならぜひ吹奏楽部の演奏会に行くべきだ、という。子供は先生が見に来てくれるというのを喜ぶものだし、きっと僕のことを親御さんに良い先生だと言うようになるだろう、とにかくこういう機会に親御さんへの得点を稼いでおけば雇い主へのアピールになるはずだ、というのだ。なるほど一理あると思い、夜が明けると僕は学校に電話をかけ、演奏会の場所と、それが午後二時に始まるということを確かめた。しかしそれは遠方であって、その距離は僕の意気をくじくのに十分なものであり、行こうという気持ちをすっかり失ってしまい昼過ぎまでぼんやりしていた。しかしながら僕はいっこうに頭が冴えず、休日に自分に課している書き物がまったく進まないのに嫌気がさし、時計が一時を指すと気分を一新して吹奏楽部の定期演奏会に出かけることに決めた。

 服を着替え急いでひげを剃ると上唇を切ってしまった。血が止まらないまま家を出て自転車を飛ばし、電車を乗り継いでなんとか目的地に着いたのは二時二十分ぐらいだった。顔見知りの二年生が受付をやっていて、プログラムを渡され会場に入り、舞台にいる生徒たちの顔がよく見えるよう前のほうの席に陣取った。二曲目のムソルグスキーの「展覧会の絵」の途中だった。
 授業中はまるでやる気を見せない女子生徒が、真剣な面持ちでフルートを吹いているのがまず目に付いた。真ん中の奥の席ではいつも授業をかき乱すおかっぱの女子が真っ赤な顔をしてトランペットを吹いている。とにかく知っている生徒が何の楽器をやっているのか目を皿のようにして確かめていった。一人だけ確認できなかった生徒はおそらくユーフォニウムの陰に顔が隠れていたのであり、せっかくの晴れ舞台に顔が出せないとは可哀そうなことだと思った。
 いつもは弦の音の入った演奏をCDで聴いている「展覧会の絵」だが、吹奏楽でも十分に聴き応えがあった。フルート、クラリネット、サックス、トランペットなどそれぞれに音色が違い、この曲にふさわしい華やかな音の色彩を生み出していた。

 次はOB・OGによるステージだったが、その前の休憩の時間に小さな子供を連れた女性が僕の一列前の席に来てあいさつしてきた。同じ学校の国語の先生だった(この学校では国語は「日語」と呼ばれている)。会場までどういうルートで来たのかといった世間話をしていたら再び僕の上唇から血が噴き出してきたから弱った。ところでその先生は古典も教えているけれども、この学校の生徒の約半数は韓国語を第一言語としており、彼らにとって外国語である日本語の、しかも古典を学ぶというのはそうとうの苦痛であるらしい。しかし日本の文科省の認可を受けた学校である以上、日本の古典はどうしてもやらせなければならないようだ。

 OB・OGたちはCジャム・ブルースなどのジャズナンバーを三曲ほどやって、次の部で再び現役生の舞台になったが「ポップスステージ」と題して親しみやすいナンバーを次々演奏した。
「アルセナール」だの「Make Her Mine」などという初めての曲もあったが、「松田聖子メドレー」だの「津軽海峡冬景色」だの「ハナミズキ」だのといった誰もが耳にした事のある曲が続いた。この定期演奏会の慣習なのか、長いソロをとる奏者はわざわざ前に出てきて楽器を吹いた。楽員たちはだいたい中学一年で入部して高校卒業までの六年間活動するらしく(この学校は幼稚園から高校までの一貫校である)、高校生たちの楽器の腕前はみななかなかのものだった。にぎやかな曲が続いたあとのしっとりした「ハナミズキ」のメロディは耳に心地よかった。ところでこの原曲の歌詞にある「君と好きな人が百年続きますように」という台詞を発しうる人というのはいったいどんな人間なのだろう。作詞をした一青窈がこれを本気で言っているとしたら、彼女は古代中国の堯・舜に始まり、孔子・孟子と続く系列に加えてもよいほどの聖人ではなかろうか。
 続いて「アンパンマンのマーチ」それから「Born This Way」という曲があって、「君の瞳に恋してる」で締めくくりとなったが、どうやらお約束らしいアンコールとなった。アンコール曲のときに高三生の吹奏楽部の部長が前に出てきてあいさつし、そしてクラブの引退が近いのか個人的な思い出や感謝の気持ちを述べ、思わず涙ぐんだときは感動の場面だった。

 プログラムがすべて終わり、観客が会場を出て行くとき、出口のところで今日の演奏者が並んであいさつしていた。いつも授業をかき乱すおかっぱのトランペッターが目についたから「良かったよ」と声をかけると照れくさいのかそっぽを向かれてしまった。他の女子生徒たちはくったくなく僕が来たことを喜んでくれていたようだった。
 この女子生徒たちのクラスではどうも僕と生徒たちとの間に溝があるのを感じてきたのだが、これをきっかけにすこしは打ち解けられればいいと願うばかりである。

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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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