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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/10/17 (Tue) 18:45:22

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No.650
2013/07/30 (Tue) 14:13:15

 古いアパートの一室で磯田進吉という男が死んでいるのを大家が発見した。磯田は年は六十五、家族や身寄りのものはおらず、以前は何かの学者だったらしい。大家がこの男について知っていたのはそれだけだった。部屋は雑然としており現金や預金通帳の類は見当たらなかった。しかし形だけでも葬儀を出してやらねばと思った大家は、片隅にあったいくつかの古い壺を幾らかにはなるかと骨董店に持っていった。それらは驚いたことに名品だったらしく骨董店の店主は目を丸くし、五百万円で売れた。これで立派な葬式を出してやれると思った大家は、続いて磯田宅の箪笥にしまわれていた手紙の束を調べ、磯田の知人たちに連絡を取った。

 葬儀の当日は、孤独な印象のあった磯田に似合わず、百名を超える人々が参列した。葬儀のあと、十数名がずっと会場に残っていたから、世話係を務めていた大家は好奇心を起こし、それらの人々に磯田がどういう人物だったのか聞いてみることにした。
「私ですか? 私は橋本といいます。神奈川で町工場をやっている者で、磯田さんには若い頃たいへんお世話になりました。いやお世話どころじゃない、彼は私の命の恩人なんです。
 かれこれ三十年ばかり前ですが、私は登山が趣味で、長野の黒姫山に登りにいきました。それが、だいぶ登ったところで道に迷いましてね。暗くなってくるし、そろそろ冬にさしかかる時季で、これは本格的に遭難してしまったと途方に暮れました。そこに木陰からふいに男が出てきましてね。それが磯田さんだったんです。彼は植物採集の箱を背負っていて、いかにも山のその辺の地理に通じているという感じがしました。それで私は訳を話し、磯田さんに助けを求めました。今から下山はやめたほうがいい、今晩私はここで野宿するがそれでもいいかと言うので、一晩いっしょに過ごすことになりました。

 鳥のもも肉を焼いてくれて、ご馳走してくれました。磯田さんは無口な人で、焚き火の前で、ずっと黙って皮ベルトでナイフを研いでいました。まだ三十代だったと思いますが、日焼けして深いしわの寄った額や頬は、何十年も前からこの山で暮らしているようにも見えました。それでいて目は知的で眼光鋭く、山の精霊から無限の英知と活力を得ているようにも感じました。
 そのとき、周りの木々がにわかにざわつき、五、六名の男たちが現われ、私たちは取り囲まれました。彼らは動物の毛皮で作った着物を身につけ、みな髭をぼうぼうに生やし、ある者は猟銃を構えていました。
『何事でしょうか?』私が尋ねると、磯田さんはこともなげに『山賊だよ』と答えました。あのころの信州にはまだまだそういう連中がいたんですなあ。まもなく我々は縄で縛られ、彼らの首領の元へ連れていかれました。

 はげ頭で長い白髭を生やした山賊の首領は、まず私に『お前は何の仕事をしている? それから親はどんな家に住んでいる?』と尋ねました。私は父親の工場で働いている、家はいたって小さな家だと答えると、首領は『しけとるのう。身代金はせいぜい十万か。そっちの男はどうだ、何の仕事をしている?』と今度は磯田さんに聞きました。磯田氏は黙ったままです。すると子分の一人が、磯田さんから取り上げた鞄に入っていた名刺を首領に渡しました。『なになに、S大学理学部教授、生物学教室、理学博士か。あんた大学の教授なのか』『それは去年の名刺だ。もう大学はやめた』『だが博士なんだろ、偉いんだろう? これはずいぶん儲かりそうだ、身代金は三百万にしておこう』『そんな金払ってくれる奴なんていないよ』『嘘をつけ。このあいだ新聞で読んだが、博士ってのは千人に一人ぐらいしかなれねえそうじゃねえか。金持ちに決まってる。よし、この二人に交代で見張りをつけろ。他の者は寝てもいいぞ』
 それでわれわれは、縛られたまま小さなテントに押し込まれました。見張りの者は煙草を吸いながらテントの入口を固めています。磯田さんがその見張りに『俺にも煙草を一本くれないか』といいました。すると見張りの男はにやりと笑って、煙草の火を磯田さんの手首にぎゅっと押し付けました。私が小便に行きたいと言うと殴られました。磯田さんはぎろりと見張りの男をにらみつけます。

 夜が明けてきたころ磯田さんは『そろそろおいとまするか』と言ってするりと自分の縄を解きました。とっくに隠していたナイフで切っていたのです。そして不意をついて見張りの男のあごをぶんなぐり、あっけなく昏倒させました。『こいつらはゴミだ。しかも燃えるゴミだ』というと、ポケットからアルミの缶を出して何かの液体を見張りの男にふりかけました。そして火をつけたんです。わっと男は燃え出しました。男はじたばたしましたが容易に火は消えず、どんどん黒く焦げていってまもなく焼け死にました。磯田さんはテントから出ていき、三十分ほどして戻ってきました。『おっと、君のことを忘れていたね』といって私の縄を解くと『外に出てあたりを見たまえ』と私を促しました。

 すると四つか五つあった山賊のテントが全部ぼんぼん燃えているではありませんか。テントから火だるまになって這い出してくる者たちもいましたが、みなすぐに黒焦げになって死んでしまいました。磯田さんはかん高い声でけたけた笑い『見ろ、人間がゴミのようだ!』と叫びました。しかし首領だけは木に縛り付けられ、磯田さんの放火攻撃を免れていました。白髭の首領が『命だけは助けてくれ!』と叫ぶと磯田さんは『おい、お前らは大川一家だな。小林一家は今どこにいる?』と尋ねました。『小林一家ならいま妙高山にいる! 頼むから助けてくれ!』『それだけ聞けば十分だ』と言った磯田さんはどこから見つけてきたのかいつの間にか手にのこぎりを持っていて、それで首領の首をぎこぎこ斬りはじめたのです! さすがに私はあわてて『何やってるんですか! それはやりすぎだ!』と言いました。すると磯田さんはちょっと悲しそうな顔をして『いや、僕は一年近く放浪していてもうからっけつでね。小林一家というのはこの大川一家と対立している山賊だから、こいつの首を持っていけばいい待遇で仲間に入れてくれると思うんだ。つまりしばらく僕は山賊に鞍替えしようというわけだ。君には気持ち悪いものを見せてしまったね。安全な下山ルートを教えるから気をつけて帰るんだよ』そういって磯田さんは山賊の首領の首を斬り落としたあと、血みどろの手で詳しい地図を描いてくれました。

 そういうわけで、磯田さんの行動は決して人の模範になるようなものではありませんでしたが、私にとっては命の恩人なわけです。ところでしばらくたって、磯田さんが新聞に大きく二面にわたって取り上げられたときはたまげました。その一面は『極悪非道の山賊・磯田進吉ついに逮捕』で、もう一面は『磯田進吉博士、野草の成分からがん治療の画期的新薬を開発』となっており、両方に磯田さんの大きな写真が載っていました。磯田さんは山賊稼業の合い間をぬって研究を続け、論文を海外の科学雑誌に投稿していたんです。まあ私のような凡人には到底理解しかねる人物ですよ」

 そういうと橋本氏は別れを告げて葬儀場を去っていった。磯田氏のアパートの大家は話を聞いて呆気に取られたが、同時に訳の分からない感動を覚え、さらに磯田氏の話を聞くべく今度は喫煙所で煙草を吸っている口髭の中年男に近づいていった。

(つづく)

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快文書作成ユニット(仮)
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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