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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/10/17 (Tue) 16:46:49

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No.654
2013/08/02 (Fri) 13:23:04

小学生のころ剣道を習いに道場に通っていて、ある年の夏、奈良県の柳生の里に合宿に行った。二泊ぐらいの短い合宿だったが、朝から夕方までは稽古をし、夕食のあとは皆で持ち寄ったお菓子を食べたりして楽しく過ごした。そして夜もとっぷり更けたころに、肝試しが予定されていた。その辺りには土葬の墓があって、そこから人魂がときおり出ると聞かされ、怖いもの見たさで胸が躍った。すると雨がしとしと降ってきた。一般に雨が降ると人魂はより出やすくなるとされる。怖いが強がって「面白くなってきた!」と叫んだりしていたが、雨はどんどん強くなり、結局肝試しは中止になってしまった。だから人魂とは会えずじまいになったが、人魂の正体というのは実際のところよく分かっていないらしい。
 
 昔は人や馬の骨に含まれるリンが雨水と反応して発光したものが人魂であるとされていたが、動物の骨から発するリンは光らないのだという。コケの中には光るものがあるから、人魂というのはそれを身に着けた小動物だろうとか、沼から発生した引火性のガスがその正体だろう、などといろいろな説があるらしい。TVでお馴染みの物理学者・大槻義彦は、空気中に発生したプラズマがその正体であると唱えた。プラズマとは、気体であるけれどもそれを構成する分子が部分的に、あるいは完全に電離したものである。電離しているというのは、分子が電子と陽イオンに分かれた状態にあるということだ。つまり大槻説に従えば、人魂は一種の電気が見えたものということになろうか。決してプラズマテレビから人魂が飛び出てくるわけではない。
 
 江戸時代以前の肝試しは、今日よりずっとスリルに富んだものだったに違いない。重罪人に対して打ち首獄門の刑というのがあったからである。だから夜、一人ずつ獄門台に行って罪人の首から頭の毛を抜いてくるとか、いろいろなルールがあったろう。
 水戸光圀というとお爺さんの姿でしかイメージにない人が多いだろうが、彼は子供のころ勇気ある人間になるよう特に厳しくしつけられたという。ある晩父親が光圀に、その勇気を試すため、これから獄門台に行って罪人の首を持って来るよう命じた。彼が五歳ぐらいのころである。すると光圀はまったく動じることなくその使命を果たしたのだった。もっとも五歳の少年にとっては人間の頭は重いから、ずるずる引きずって帰ってきたそうだが。帰ってきた光圀は、生きている人間のほうが何をしでかすか分からないからよっぽど怖い、と言い放ったという。
 だからあるいは水戸黄門は、好々爺然とした穏やかな老人というよりは、むしろ矍鑠(かくしゃく)とした気の強いお爺さんだったかも知れない。

 そういえばTVの「水戸黄門」で、水戸黄門役が初代の東野英治郎から西村晃に変わったとき、デモンストレーションで西村は黄門様の格好で得意のローラースケートを披露し、元気なおっさんが出てきたなと思わせたが、もちろんドラマではおっとりと黄門様を演じた。
 悪代官の手下たちを助さん格さんが懲らしめ、その戦況を静かに見守る黄門様は、ころあいを見計らって「もういいでしょう」と言い、すると格さんが「この紋所が目に入らぬか」と印籠を見せつけるという、これはお馴染みのパターンである。僕の記憶違いかも知れないが、だいたい八十年代半ばまでそういう戦闘シーンだったのが、西村が黄門役を降板する九十年代はじめに近づくにつれだんだん黄門様がアクティブになり、竹の杖を振り回して戦闘に積極的に参加するようになって、敵が大刀を持っているのをものともせず相手を殴り倒すまでになった。いくらなんでも黄門様にそこまでの体力はないだろうと思うのだが、ちょうどそのころから戦闘に飛猿(とびざる)だの由美かおるのお銀だのという忍者たちが加わるようになり、敵味方が複雑に入り乱れて戦うようになると、画面の端で黄門様が老人にはあり得ない武闘を見せていてもさほど気にならないという現象が起きていたのである。

 ドラマ「水戸黄門」は2011年に最終回を迎えたが、それまではアニメのサザエさんなどと同じく決して終わらないであろうという見方が多かったろう。僕もそう思っていたが、中高生のころよく聴いていた深夜ラジオ番組では、水戸黄門についてある予想がまことしやかに唱えられていた。つまり、うっかり八兵衛役または風車の弥七役の俳優が死ねば、水戸黄門は終わるというのである。水戸黄門も助さんも格さんも、それを演じる俳優にはいくらでも代わりはいる。しかしうっかり八兵衛役の高橋元太郎と、風車の弥七役の中谷一郎にだけは代わりがいない、他の俳優には演じられないというのである。しかしこの予想は見事にはずれた。2004年に中谷一郎が死んだあと、内藤剛志が風車の弥七役を引き継いだのである。まああのスマートな石坂浩二が水戸黄門を演じるほどにこのドラマは変質を遂げていたのだから、弥七のキャラがその程度に変わったからといって大勢に影響はなかったのだろう。

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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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