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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/27 (Sat) 09:08:22

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No.669
2013/12/12 (Thu) 22:03:46

 酒に酔ってはいるが、どことなく寂しげな表情を浮かべた若い男が、きれいに片付いた部屋でパソコンに向かって座り、おもむろにキーを叩きだした。

「父が死んで一か月が経った。父は鉄鋼をおもに扱う大企業での職務に半生をささげ、そしてその大企業に殺された。俺は誰が悪い奴なのか知っている。しかし今となっては父の死がどうも現実味を失って感じられ、さして腹も立ってこない。そう、父が死の直前に偶然手にした財産をわれわれ家族が受け継いだことで、肉親の死をじゅうぶんに悲しむ時間が失われてしまったのだ。これからも俺は父の死を悲しんだり無念に思ったりしないのかも知れない……」

 と、そこまで文章を書いたところで、誰かが若者の肩に手をかけた。
「いや、悲しまなきゃいけない。無念に思わなくてはならんのだよ」
 振り向くと、スクーターのようなものに乗り銀色の服と金色のヘルメットをかぶった中年男が、宙に浮かんでいた。そのスクーターにはタイヤがなく、不思議なことに床から浮かび上がっていたのだ。
「あんた、誰?」
「とりあえず未来からやってきた、と言っておこう。きみ、武部和夫君だね。お父さんは残念なことだったね。お悔やみを言わせてほしい」
「はあ」
 若者が気の抜けた返事をすると
「だから何故父親の死を悲しまない? お父さんは会社が引き起こしている公害問題を弾劾しようとしていた矢先に不審な死を遂げた。山井鉄鋼が軽金属を製造する際に使っているベリリウムが周辺住民の健康をむしばんでいることは分かっていたが、会社としては、この宇宙時代にますます需要の高まっている軽くて丈夫な鋼材の生産をやめるわけにはいかなかった。この鉄鋼業の街から出る政治家は、当然事実のもみ消しに一役買うことになる。しかしお父さんはこの公害を見過ごすことが出来なかった。最後には会社を辞めて出るところに出て決着をつける気にすらなっていた。ええ和夫君、違うかね」
「はあ、しかしあんた何なんです? 人の家に勝手に上がり込んで、うちの事情にあれこれ口出ししてほしくないですね」
「しかたがない、説明しよう。私は二十三世紀からやってきたタイム・パトロールの一員なのだ」
「タイムパトロール?」
「つまりだ、我々は人類が本来あゆむべき歴史を踏み外さないよう、過去の世界をくまなく見張っているのだ。このタイムマシンに乗って」と彼は自分の乗っているスクーターを指し示した。
「で、そのタイムパトロールが親父と何の関係があるんです?」
「いや、関係があるのはむしろ君なんだ。君はお父さんが会社の幹部やら政治家の利権のために殺されたことに、本来なら無茶苦茶にいきどおって復讐の鬼と化し、悪玉たちをつぎつぎと殺して回らなけりゃならんのだ」
「なぜ僕がそんなことをしなきゃならない? 僕はそこまでいきどおってはいないよ」
「君がその殺人を犯すことはすでに歴史に記録されている。君のひとりよがりで歴史を変えてもらっては困るんだよ。まず山井鉄鋼の山井社長、風間常務、それから衆議院議員の畠山、この三人が今年中に死ぬことが前提でその後の歴史は回っていくんだ。山井鉄鋼の経営刷新、畠山の死による補欠選挙、そのことが蟻の一穴となって日本の政治は大きく変わる。そして世界も変わるんだ。君が彼ら三人を殺さないで他の誰が殺すんだ」
「そんなこと知らないよ。だいたい僕は今の生活に満足している。殺人の罪を犯すなんて到底できない相談だ」
「今の君は大金持ちだもんな」
「え?」
「思えば君の家の庭からあの汚い粘土が頭を出したとき、なんで教育委員会のメンバーが縁側にいたのか。あいつは君のお父さんの旧友だったそうだね。とんでもない友達を持ったものだ。あれは縄文時代晩期の遮光器土偶に間違いない! なんて見抜けるような、よりにもよってそんな奴がその晩ここに来ていたなんて……俺はあのとき油断していた。この年遮光器土偶が見つかったなどという事件は歴史に記録がなく、起こるはずのないことだった。きっと私のタイムマシンが飛び回ったために風圧で庭の土が一部崩れたとか、ささいな影響を及ぼしてしまったんだろう。あれは国の重要文化財の指定を受けた。考古学上の大発見だった。土偶は文科省に買い上げられて、君の家に入ったのは七億か八億だっけ? そりゃ父親の死への悲しみも吹っ飛ぶわな……おかげで君は巨悪たちを倒そうなんて気持ちはすっかりなくしてしまった。そりゃそんだけの金持ちになって今さら前科者になんかなりたくないよな。あーあ、俺はなんて運が悪いんだ」
「なんであんたが運が悪いなんて嘆くんです?」
「いや、きみには関係ないけど私はタイム・パトロールでも非常勤の職員なのだ。一年契約ってわけ。これまでいろんな時代の監視員をやったけど、行くたびにへまをやって、どこへ行っても一年でクビ。もう履歴書にも職歴を全部書ききれないぐらい。今度はうまくやるつもりだったんだけどなあ。このぶんだとこの時代の監視員もクビになって、もうタイムパトロール稼業もおしまいだ。もう首を吊るしかないわ」
「そんなに困った状況なら、あなた自身の手で三人の巨悪を殺しちまえば?」
「なんという恐ろしいことを! 時空管理法第一条、未来の人間が直接に過去の歴史を改変する行動を取ってはならない! いままで第一条を破って畳の上で死んだ者はいない! 食人族の世界に投げ込まれるか、シベリアの雪原に送り込まれて凍え死ぬか、そんなとこだ。だいいち、ベリリウムの公害を弾劾しようとした人物の息子が巨悪を殺したことに意味があるのだ! この衝撃の事件が公害を明るみにし、世論も動いて歴史の分岐点となったのだ。これは君がやらないと意味がないんだ」

 武部和夫はしばらくぽかんとしていたが、なんとなくこのタイムパトロール員には心を動かされるものがあった。そして彼は生来冒険家的な気質を持っており、要人の暗殺という劇的な事件をおこすことに興味を覚え始めていた。
「ひょっとしたら、金の力で上手くやれるかも知れないな」
 和夫はつぶやいて、目をつぶって思案をめぐらせた。

(つづく)


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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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