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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/08/21 (Mon) 00:13:26

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No.30
2009/10/15 (Thu) 23:46:52

 額に深い皺を刻んだ、白髪のその男は、薄い唇を固く結んだ威厳のある顔をうつむき加減にして、一心に何かを祈っている。部屋のいたるところに並べられたロウソクの灯が、この男の顔を黄色く照らし、薄く開かれた男の眼をきらきら光らせている。

 真っ白な手術室。少年の白い体ののった手術台を取り囲む、医師たち。執刀医がメスを少年の鳩尾(みぞおち)に下ろすと、光沢のあるその刃の側面が鏡となって、鮮やかに少年の肌を映し出した。メスは少年の腹をまっすぐ下に切ってゆく――しかし血は出ない、まったく。マスクをした医者は眉を上げてかすかな驚きの表情を見せた。そして、少年の腹を開いたとき、医師たちはさらに驚愕した――ない、何もない! 少年の腹の中は、そこにあるべき内臓がひとつもなく、がらんどうだった。そのかわり、腹腔の内壁は、なにか玉ねぎの薄皮のようなものに覆われ、かさかさしたその皮は、ところどころはがれかかっていた。執刀医は悪夢でも見ているかのように慌てふためき、その何もない腹腔の内壁を、両手でぺたぺたと、何度も触ったのだった。
 腹を裂かれているその少年は、首をググ……と震えさせながら徐々に持ち上げて、猫のように冷たいその眼をあらん限りに見開いて、自分の腹の中を見回した。固く結んだ少年の薄い唇は、さきほどロウソクの並んだ部屋の中で祈っていた男のものと、まったく同じだった。

 額に深い皺の刻まれた、荘厳な顔つきの男が、一心に祈っている……その部屋の扉が、突然バタンと開いた。
 手術着の医師たちが、そこに立っていた。ぼそぼそと小さな声で話し始める。
「お気の毒ですが……私どもには治すことは……」

 白衣の医師たちが、病院の玄関前に居並び無表情に見送る中、白髪の、陰鬱なその男と、少年が帰ってゆく。男は少年を背負って、早朝の濃い霧の中へ、どこか遠くの世界へ――だんだんと、消えていった。重苦しい足音を残して……。

 若い医師はハッと目を覚ました。奇妙な夢を見た。腹の中ががらんどうの少年……一心に祈る老人……奇妙だが生々しい夢……。
 時計を見た。午前三時。喉が渇いたので、水をすこし飲んだ。その瞬間、彼は燃えるような腹痛を覚えた。腹の中で炎が燃えさかっているような、激痛!
 彼は救急車を呼んだ。まもなく、サイレンの音。
 若い医師が運び込まれたのは、彼が勤務する病院だった。彼の先輩医師が、治療に当たった。
 レントゲンが撮られた。それを見た先輩医師は、ただちに手術を行うことに決めた。

「わたしの病名は何なのですか」
 答えをためらう先輩医師。
「重いのでしょうか。癌でしょうか……わたしは本当のことを知りたいのです……お願いです」
「よろしい、正直に言おう」先輩医師は不安そうで、またイライラしていた。額から汗が流れていた。「君の腹を開いてみたよ……そこには……何もなかった! 腸も、胃も、肝臓も腎臓も、肺もなかった。心臓さえ、なかったんだ! 頭蓋は開いていないが、レントゲンで見る限り、君には脳すらないのだ! 君がなぜ腹痛を起こしたのかは、分からない。それどころか、君がなぜ生きていられるのかすら、さっぱり分からないのだ!」

 若い医師への治療は、鎮痛剤で痛みをとることしかできなかった。
 若い医師は、都会を離れた静かな土地で、静養することになった。鎮痛剤を服むより他に処置のしようがなかったので、入院の必要はないと判断されたのだった。


 ある日の午後、静養先の海岸に、その若い医師はいた。
 静かな木陰で彼が横になっていると、はるか水平線上に、小さな小さな、白い帆かけ船を見つけた。非常にゆっくりと、その船はこちらに近づいてくるようだった。若い医師は、それを眺めているうち、いつしか眠ってしまった。

 どのくらい眠ったか、目を覚ますと、すぐ目の前の岸辺に、その白い帆かけ船がすでに着いていた。白いシャツを着た男が、船を降り、こちらにやってくる。彼は言った。
「われわれの島に、重病人が出ました。島には、医者がおりません。先生、急な申し出で恐縮ですが、島に来てその病人を診ていただけないでしょうか」
 若い医師は承諾した。そして、その白い小船に乗って、離れ小島に向かっていった。
「重病人というのは、十一歳の少年です。非常な高熱を出して、苦しんでいます。その少年は、生まれてから一度も口をきいたことがありません。だから、どこがどう苦しいのか、他人にはわかりません」
 白いシャツの男が言った。
 若い医師はうなずいた。船にゆられ、潮風に吹かれながら、彼は憂鬱な顔をしていた。
   
 島に着き、若い医師は重病だという少年の家に案内された。
「わざわざおいでいただいて、ありがとうございます」少年の母親が、伏し目がちに言った。「こちらです」
 母親に案内されて、部屋に通された医師は、白いベッドで静かに眠っている少年を見た。色が白く、ほっそりした顔。薄い唇。茶色っぽい髪。
 その少年は、彼が燃えるような腹痛をおこした晩の夢で見た、手術を受けていたあの少年にどことなく似ていた。
 眠っていた少年が突然、目を開けた。あの目だ! 医師が夢で見た少年とまったく同じの、猫のような冷たい目。
 少年は若い医師を凝視していた。
 若い医師はすこし狼狽しながらも、自らの仕事にかかろうとした。
「では、診察いたしますので」
 医師は聴診器を少年の胸に当てた。
 聞こえない……心臓の音が聞こえない。
 医師は少年の顔を見た。少年も医師の目を見ていた。
 若い医師は軽いめまいを覚えた。やはりこの少年も、「あの病気」なのか……。
 「おじさん……おじさん」誰かが、若い医師の心の中に呼びかけた。「おじさん……僕だよ」
 医師は少年を見た。少年の薄い唇は閉じられたままだ。だが、この少年が呼びかけてきているに違いないと、医師は思った。
「おじさん……おじさんも、僕と同じなんだろう? お腹の中に、何も無いんだろう? 心臓も、肝臓も、胃も、腸も、無いんだろう?」
 医師は戦慄して立ちすくんでいた。少年の声が、引き続き彼の心の中に響いてくる。
「僕はこの病気のことは、よくわかっている……いや、これは病気なんかじゃないんだ。僕らの内臓は、海の神様に捧げられたんだ。海の神様は、人間の内臓が大好きなんだ。おじさんも僕も、こうして体の中ががらんどうになって、どうなるかというと、しまいには骨も皮も溶けて無くなっちゃうんだよ。そうしたら、何にも無くなっちゃう。体が、消え失せちゃうんだ」
 若い医師は、思わず自分の胸や腹を手でさすった。
「でも、心配しなくていいんだよ」再び少年の声。「僕らは、この窮屈な肉体から解放されるんだよ。それに、肉や内臓を海の神様にささげるっていうのは、とても名誉なことなんだ。何も怖がらなくていいんだよ」
 白い顔のその少年は、依然として固く唇を閉じたまま、冷たい猫のような目を若い医師にぐっと据えつけていた。そして彼の心への呼びかけは続く……。
「さあ、霧が晴れる前に出かけよう。どこか遠くで、二人で、この肉体を脱ぎ捨てよう」
 若い医師は、顔面蒼白になりながらも、少年の言葉に対し短くうなずいた。
 窓の外を見ると、少年の言うように、来るときは晴れていたのに、深い霧が立ち込めていた。
 若い医師は、少年を背負って、その家をあとにした。白い霧の中、二人の姿はゆっくりと消えていった。
 
 数日後、波打ち際で少年と医師の衣服が発見された。白衣や靴、少年のシャツが、寄せては返す波に洗われ、朝日にきらめいていた。島の大人たちは、さして驚きもせず、黙ってその遺留品を見下ろしていた。

 島にある海の神のひんやりした祠の前では、こどもたちがきゃっきゃと騒いで遊んでいる。大昔から、この祠の神が、生贄として人々の臓物や肉体を無言で奪い去っていることは、島ではこどもたちでも知っていた。日々の恵みを与えてくれるきらめく海、その神は、ごく当然の権利とでもいうように、そののちも人間の生贄を静かに静かに、海中へと呑み込んでいった。

(終)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209 〜 PNの由来は映画『ロボコップ』に登場するオムニ社の敵役ロボットからです。今まで書き溜めてあった自身の体験談やコラムを発表するには良い機会と思い寄稿させて頂きました。是非、御読みになってみてください。そして何より皆さんに楽しんで貰えれば嬉しいです。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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