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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/26 (Fri) 02:49:26

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No.34
2009/10/15 (Thu) 23:55:00

サーカス  中原中也

幾時代かがありまして
  茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処での一と殷盛(さか)り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値(やす)いリボンと息を吐き

観客席はみな鰯
  咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

     屋外は真ッ闇 闇の闇
     夜は劫々と更けまする
     落下傘奴のノスタルヂヤと
     ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


へめちゃんは、その晩はじめてサーカスというものを見て、すっかり興奮していた。空中ブランコの妙技、迫力満点の曲馬団、赤い風船をくれた妖しげなピエロ、そうしたサーカスの風物のどれもが、彼女の眼には新鮮に映った。
彼女の毎日は、うすぐらく不潔な寝床と、じめじめした不愉快な見世物小屋との往復の日々。へめちゃんは自分の醜い手のひらと、その上の三枚の銀貨を見つめた。親方からくすねてきたお金。夜出歩くのも厳禁だけど、どうせ親方は今晩もへべれけに酔っ払ってるんだから、気付きっこないさ。

翌日。

「さーご覧なさい、これはただいま評判のカエル娘だよ。石見の国は平郡曳方村、親は代々狩人で、親の因果が子に報い、生まれながらに手ぇての指が三本、また見ようと言ってまたお目にはかかれません、どうぞ皆さん見てやってください。見るは法楽見られるは因果、可哀そうなはこの子でござい。さあへめちゃんやお客さんによく手ぇてを見ておもらいよ。ほうら生きてるよ」
親方が口上を述べると、へめちゃんは、黙って右手を差し出した。蛙のような醜い奇形の手。見物の男女たちの「まあ」「気味の悪い」という小さな声が聞こえてくる。

「この小娘!」親方が、出番を終えたへめちゃんを足で蹴飛ばした。「きのうの晩、俺の財布から金を抜き取ったろ! とんでもねえ餓鬼だ」
へめちゃんは、負けずに親方をにらみ返した。
「なあんだ、その目つきは」さらに親方が彼女に手をかけようとすると、へめちゃんは脱兎のごとく楽屋から駆け出した。「おい、どこへ行く!」
おあしさえあれば、くにに帰れるんだ! へめちゃんは、血走った目で町並を見回した。
ちょうど、女学生が自転車に乗ってこちらに向かってくる。
ちりん、ちりん! へめちゃんは女学生に体当たりをして、すばやくふところから財布を抜き取った。
「車屋さん!」へめちゃんは人力車を呼び止めた。すぐに上野のステーションに行って、汽車で故郷に帰るつもりだった。
「ちょっと待ちなさいよ、あんた」女学生の首が伸び、へめちゃんの胴体に巻き付いてきた。
「あんたは蛇女!」へめちゃんは叫んだ。
「そうさ、蛇ににらまれた蛙とはこのことだね」

そのとき、帝都を巨大な地震が襲った。関東大震災。
建物がつぎつぎ倒壊し、大きな地割れが走る。
「この騒ぎじゃ、勝負はおあずけだね」あわてた蛇女はそう言って、どこやらへ去っていった。へめちゃんも行方をくらました。

彼女たちの消息はそれっきりである。

(終)

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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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