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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/26 (Fri) 23:35:06

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No.33
2009/10/15 (Thu) 23:52:55

「お父さん、私宇宙飛行士になりたいのよ」
 娘は、厳格な父にそれを切り出すのに、父の機嫌のよい晩酌の時間を選んだ。
「お前は何をいきなり言い出すんだい」父は穏やかに応じた。
「いま、宇宙開発事業団で募集してるんです。私、小さなころから一度でいいから星の世界に飛んでみたくって、それで応募してみたいんです」
 父は静かに手酌で猪口に酒を注ぎ足してから言った。「お前は今日の薪割りにどれだけ時間をかけたね」
 娘はそれきた、と思いながら、重い口を開いた。「一時間です」
「何度も言ってるだろう、あれだけの量なら二十分でやれるもんだ。ちゃんと効率を考えて工夫しているか。心がうわの空になってはいなかったか」
「一所懸命やっています」娘は、父がまた手酌しようとしていたから、急いで徳利に手を伸ばした。そしてしくじった。徳利をひっくり返してしまったのだ。
「それそれ!! 今の徳利が大切なロケットの燃料だったらどうする。お前にはまだ満足に家事もできない。修身斉家治国平天下、せめて家事万般を淀みなくこなせるようになってから外に出て働こうというのが道理であるのに、一足に宇宙へ飛び出そうというんだから恐れ入る」
「でも、薪割りができなくたって宇宙に出ている人だっていると思います」
「それを慢心外道という。ちゃんと実に就いて考えろ。大きな鉄の船を空に飛ばすのと薪を割るのとどちらが簡単か、自ずから明らかじゃないか。星空に見とれて溝に落っこちるだけならまだかわいげがあるが、偏頗な知恵を身につけておのれの境涯を見誤るような真似だけはやめてくれ」

 それでも娘は夢をあきらめず、父の許しを得ずに宇宙飛行士の公募に応募し、そして見事に合格した。父は大変に機嫌を悪くした。そしてその不和を解消することなく娘はアメリカに渡った。NASAでの厳しい訓練の合間に、娘は何度か手紙を父に書いたが、返事は来なかった。

 娘がクルーの一人として乗り込んだ宇宙船は土星へ向かい、周回軌道上で土星の地表を観測したのち、その衛星の一つであるタイタンへ着陸、鉱物資源の調査等を行ったのち地球への帰途についた。
 その帰路、宇宙船の進路方向に、墨を流したように真っ黒な不思議な空域が広がっているのに遭遇した。宇宙船は、未知の力でそこへ引きつけられた。逆進ロケットを噴かしてもその場にとどまることが出来ないほど強い力だった。レーダーでその空域を調査しても、何ら意味のあるデータは得られなかった。
「いっそのこと、あそこへ飛び込んでみてはどうでしょうか」娘は船長に進言した。「あの空域から逃げようとすること自体、多大なエネルギーの損失になります」
「しかし、中にどんな危険がひそんでいるか分からないのに……」
「いいですか。このペースでエネルギーを奪われていったら、どのみち地球に帰るだけの燃料も残らなくなるんですよ」
 その一言で、謎の空域に突入することが決まった。
 しかしその闇の中心に近づくにつれ、宇宙船のエネルギーは余計に多く奪われていくのが分かった。そこから抜け出すのももう手遅れだ。やがてエネルギー残量のインジケーターがゼロを示し、そしてありえないことだが、エネルギーの量が負の値をとり始めた。
「計器の故障ではないか?」
 やがて宇宙船の速度が落ち、闇の空間でゆっくりと停止した。
「どの推進装置も作動しません。やはりエネルギーはなくなっているものと思われます」
 突如、船の後方から衝撃が走り、急激な加速を感じて船員はみな意識を失った。

「ここはどこだ」目を覚ました操舵士が言った。
 意識を取り戻した他の船員が、しばし痛む頭を振ってから、見慣れぬ前方の星系を調べて答えた。
「これはどうも信じにくいことですが、星の配置から推測するに、我々はアルファ・ケンタウリ星系のすぐ目の前に来ているようです」
「つまり、恒星間飛行をしたということか? そんな馬鹿な」
「私、思い出したんですけど」娘が言った。「ワープ航法の理論で、宇宙船の後方に小規模のビッグ・バンを起こし時空の波を生じさせて、超光速を実現するというものがありますよね。私たちが黒い空域で負のエネルギーを計測したことと関係があるのではないでしょうか」
「ふむ……」
 一同はいろいろな可能性を議論し始めた。
「ともかく、もう一度地球に戻ることが先決だ。どうすれば戻れるかを検討しよう」
「まだエネルギー残量の計器が負の値を示しています。この負のエネルギーを使って、もう一度ワープを起こさせられないでしょうか……さっき、これと正のエネルギーとの接触によって小規模のビッグ・バンが起こったのだとすれば……」
 この娘の発案によって、タイタンで採集した鉱石から宇宙航行のための通常のエネルギーを抽出し、それとタンク内の負のエネルギーとの混合が行われることになった。
 一か八かの試みで、そのことによって船が大爆発を起こすかもしれない。
 太陽系に進路を向け、さきほどのワープで消費された「負のエネルギー」の量を慎重に勘案し、正負のエネルギーの混合と同時にロケットを噴射した。
 再び衝撃が走り、皆は意識を失った。

 今度の宇宙船の位置が太陽系とほど遠からぬところだと分かったときは、船のクルーは大変な興奮に包まれた。ただ机上の理論に過ぎなかったワープ航法を、偶然見つかった未知のエネルギーによって実現させたのだ。しかも「負のエネルギー」は船のタンクにまだ残っている。これを精密に研究すれば、実用的なワープ航法を確立できるかも知れない。

 この画期的な発見はさっそく地球に発信され、船が太陽系内に戻ってきたときには、テレスクリーンを通じて船員が地球の人々に挨拶することになった。
 公式の挨拶のあと、娘が父と話す機会が与えられた。
「お父さん、私アルファ・ケンタウリに行ったのよ。4.4光年も旅したのよ!」
 父はしばらく憮然としていたが、やがて冷やかすような口調で言った。
「で、そんなに遠くに行ってきたんなら、道中さぞ面白いことがあったろうね、是非聞かせてくれ」
「ワープだから途中のことは知りようがないのよ」
「お前はいつだってそうだ、心ここにあらずという調子で結構な風物があっても目にとまらなかったのだろう。たとえ何万里の旅をしようと、あたかも空き樽が転がって帰ってきたようなもので、何ら得る所はなかったのだ」と、いつもながらの説教をしながらも父の目は笑っていた。
「お父っつぁんの分からず屋!」
「わはははは」

(終)

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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

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