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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/08/18 (Fri) 04:24:59

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No.311
2010/06/09 (Wed) 02:42:03

彼の顔を、思い出せない。
 
だから、また会いたくなるんだと思っていた。 
 
 
まだ特別を知らなかったから。 
 
 
 
例えてみると、 
季節のフルーツとコーンフレークと冷たくしたフローズンヨーグルト、バニラアイス、ウエハースにプリン、お好きなものを好きなだけ、といわんばかりに詰め込んだおもちゃ箱のような楽しいものであるとか、 
 
 
舌にのせた途端にふわりととろけてしまうほど滑らかな、コアントローのほんのり効いたガナッシュクリームを上等で硬質なビターチョコレートで薄く薄くコーティングして、繊細な飴のリボンと金箔で飾り立てたような大人向けのものであるとか、 
 
 
恋はそのようなものであると、ことあるごとに耳に入るのだけど、 
必要か不要であるかで物事を判断していたその頃のあたしには、 
手間隙をかけた割にはすぐにお腹に収まってしまうものなのかしらと、 
何故だか寂しいような気分になってしまって 
逆に欲しいと思えなかった。 
 
 
甘いものが欲しいなら、角砂糖で十分だった。 
 
深く考えずに他人と知り合い、深く考えずにお付き合い。それでもそれなりに楽しかったし、それなりに相手を好きになれた。 
 
遊べる人たちは周りに不自由しなかったから、それ以上望みもしなかった。 
 
あたしは常にふわりふわりと今のことだけを考えて、 
しがらみやいざこざを上手に避けて笑って生きていたかった。 
それが許されると思っていた。 
あたしはとても幼かった。 
 
彼はそんなあたしよりも一回り年上で、友達とお喋りをする私を遠目で眺めていた。 
近寄るといつも、彼はそっけない態度をとった。 
彼はあたしのことが嫌いだったかもしれない。 
まるで接点もなかったし、ただの煩いだけの存在だったようにも思う。 
あたしは彼を不思議な人だと思っていた。 
こんなにも遠いのに、顔も会わないと思い出せないくらいなのに、 
どうして気になってしまうのか。 
 
好奇心のままに彼に近づいた。 
最初は頑なだった彼も、次第に友人として受け入れてくれるようになった。 
それだけでいい。 
花も咲かぬ、根も張らぬ、今は自由の根無し草で、皆で笑って今日寝る寝床があれば、それでよしとする。 
それがいつまでも続くなんて思ってはいないけど。 
 
 
楽しい日々が過ぎ去ると、それぞれ潮が引くように人が居なくなっていった。 
帰郷する者、転勤する者、結婚する者、海外へ跳ぶ者、命を落とす者。 
事情もそれぞれにあった。 
くしの歯が抜けていくように、顔見知りが消えていった。 
そして、その中には彼も居た。 
あたしはただの友人で、彼には守るべきものができた。 
何かを守る為の背中というのは、いつだって凛々しい。 
「お前もいつか歩こうと思える道が見えてくるよ」 
いつも彼は表情を顔に出さないのだけれど、 
「大丈夫だ、大丈夫」 
このときの彼の口調は、なんだか熱っぽかった。 
 
やがてあたしも、この場を去るときが来た。 
 
そのとき付き合っていた人と嵐のような諍いを起こし、 
共通の友人に中に入ってもらって話し合いをし、その結果やはり別れることになった。 
それをいい機会だと思い、今までとは全く違った生活をしてみようと思い立った。 
仲裁に入ってもらった友人に頼み込み、つてをたどって仕事にありついた。 
ウエディングや結婚式場など、ブライダル関連を取り扱う会社の事務を任され、毎日穏やかな空気の中でキーボードを叩いている。 
仕事柄、パンフレットや会場の写真にはいつも目を通す。 
眩しい程の輝きをたたえて、純白に包まれた二人が、自然にこぼれる笑みをこちらに向けている。 
厳かで、どこか可愛らしいピアノの旋律が似合うような・・・。 
 
帰りにCDショップに寄って、適当にピアノ演奏の曲を選んだ。 
眠る前に聴いたら、ヒーリングにもなりそうだ。 
そう思いながらベッドの中で聴いているうちに、そのまま本当に眠ってしまった。 
 
 
こんな、夢を見た。 
 
その世界は、崩壊していた。 
エンジンが狂ってスンとも動かなくなったバスの中で、夢の中であたしは一生懸命笑っていた。 
人はもうどこにも居ないように思えた。 
一人取り残された世界は容赦なくあたしを突き放して。 
その寂しさは強烈で、寂しさを通り越して恐怖になろうとしていた。 
それなのに空はこんなにも青くて。 
泣き出しそうな瞬間に、”落ち着け”と人の声がした。 
前の座席に、彼が居た。 
振り返って私の顔を覗き込むと、 
「大丈夫だ、大丈夫」 
と言って頭を軽く小突いた。 
それで気持ちがすっと落ち着いた。笑顔を返すと、彼は安心したように座席に座りなおした。 
あたしは彼の座席シートに手を伸ばした。 
彼の胴体を座席と一緒に抱きしめた。 
彼はがらにもなく照れながらも、あたしの手と手の結び目に軽く手を乗せる。 
大きな、乾燥した男の人の、手。 
あたしは心から愛しいなぁと、思う。 
 
夢から覚めて我に返ると、顔が濡れていることに気づいた。 
 
寝起きついでに歯を磨こうと、洗面台に立つ。 
ああ、そうか。 
歯を磨きながら、あたしはひとつの結論を下す。 
顔を思い出せなかったのは、彼に会いたいと思う為だ。 
一見くだらないことが必要事項だと思えるほど、彼が好きだった。 
彼に大切なものがあっても、守るべきものがいると知っても、 
抗えないほど引き寄せられている自分がいた。 
それでも気持ちをせき止めていたのは、気づいていたからだ。 
二人きりでどんなに楽しい時間を共有しようとしても、彼には帰る場所がある。 
彼は、いつだって守るべき者たちの所へ帰っていくために、あたしに背中を見せるのだ。 
多分あたしは、それに耐えられそうにない。 
 
顔を洗い終え、顔をタオルに突っ伏したまま、あたしは静かに嗚咽を洩らした。 
 
そうして、漸く、恋を知った。
 
 
 
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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