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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/26 (Fri) 05:40:58

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No.64
2009/10/16 (Fri) 01:45:54

燦燦と照る太陽の下、いつものように空き地で野球する仲間たち。ピッチャー中島の投げた球を、カツオは狙いすましてすくい上げた。きれいな放物線を描いた打球は、外野の塀をはるかに越えていった。カツオ、きょう二本目のホームラン。息を弾ませてダイヤモンドを一周する。きょうは絶好調だ……。

「カツオ、起きなさい。もう八時よ」薄暗い、じめじめしたコンクリートの天井の下、母フネの顔がのぞく。「朝ごはんのおつゆには本物のさやえんどうが入ってるわよ。食糧省が未発見の倉庫を見つけたんですって……それで今朝の配給品が……」
カツオはさっきの夢の続きを見ようと寝返りを打った。核シェルターでの生活にはもううんざりだ。

関東平野の地下に点在する三十あまりの大型核シェルターは、網の目のように張り巡らされた通路によって連結され、そこでは核戦争を生きのびた日本国民七百万人が細々と生きながらえていた。冷戦後再び核の危機が叫ばれてから数年でこれだけの施設を造り上げたのは、日本人の堅忍力と日本の土木技術の水準の高さを示していた。
しかし電力の節約のため、人々は昼間でも薄暗い照明の下で暮らさねばならなかった。

食事を終えたカツオに、サザエが言った。
「ワカメがまたどこかに行っちゃったの。また悪い仲間と付き合ってるかも知れないから探してきてくれない?」
「悪い仲間って中島のことを言ってるの?」カツオはぼそりと言った。
「そうとは限らないけど……でも中島君、さいきんヤクの売買に手を染めてるっていうじゃない」
「わかったよ」カツオは憂鬱な顔をして磯野家を出て行った。
ワカメの行きそうな場所なら分かっている。R-25地区の拡張工事が凍結している、警察の目の届きにくい空き地だ。ここではいかがわしい連中が毎日、鬱陶しい日常を忘れるためにダンスパーティーを開いていると聞く。ここに来れば、違法ドラッグも簡単に手に入る。そうは思いたくないが、ワカメはもうシャブ漬けだ。目を見れば分かる。どろんと黄色味を帯びた、感情を欠いた目。
「背はこのぐらいで、おかっぱ頭の女の子を見ませんでしたか?」カツオはいろんな大人に聞いてまわった。十人ぐらい聞いてまわって、ようやくワカメが見つかった。ワカメはコンクリートの床に座り、白目をむいて意識を失い、失禁していた。あたり一面に割れた注射器が転がっている。カツオはため息をついてワカメを背負い、磯野家のあるS-7地区に向かって歩いていった。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん」背中からワカメが話しかける。「ごめんね、いつも」
カツオが無言でいると、ワカメは眠たげな声で話し続ける。
「私、きょう大人たちが噂してるのを聞いたんだけど、日本で宇宙ロケットの打ち上げの話がすすんでるんだって……地球はもう駄目だから、他の星を探しに行くのよ。ね、素敵じゃない?」
またワカメの妄想だろう。カツオはそう思って返事をしなかった。
「嘘だと思ってるでしょ。でも、R-17地区でロケットの乗組員の抽選が始まるらしいわよ。そう遠回りじゃないんだから寄ってみて」
「ああ、行ってみるか」ワカメの話が本当かどうかは怪しいが、その方面には植物園がある。草木に触れれば、ワカメもすこしは具合が良くなるかも知れない。
しかしその地区に行くと、ワカメの言ったとおり「ロケット乗組員募集会場」という張り紙がしてあり、大勢の大人が集まっていた。マイクを持った初老の男が演説している。
「宇宙に飛び立って、新しい居住地を探し求めようという有志を募っています。危険はもちろんあります。しかし死の灰のためあと千年は地上に出られないという状況に甘んじるのみでは、人類の希望の灯はついえてしまいます。われわれは太陽の子です。明るい太陽のもと、ふたたび暮らす夢を捨ててはなりません」
「ワカメ、本当だったんだね。僕と一緒に応募しよう」
「ううん、一緒に応募は駄目。この宇宙船には、男十人に対し女ニ百人が乗り込むの。人類が新天地で子供をたくさん作って繁栄するためよ。その十人と二百人とで多夫多妻制の社会を作るのよ。兄妹で夫婦にはなれないわ。それに私の体はもう薬でボロボロ。お兄ちゃんだけ応募してちょうだい」

そしてカツオは、幸運にも宇宙船の乗組員に選ばれた。時代に似合わぬ粗野な丸刈り頭が、絶倫な精力を思わせたためかも知れない。
自動操縦の宇宙船の中では、食べるか、寝るか、セックスのいずれかしかすることがなかった。しかし腕白ながらナイーブな一面をもつカツオは、はじめは女性との交渉には引け目を感じていた。しかし二百人の女性乗組員の中にかつて隣に住んでいたうきえさんが乗り組んでいることを知り、顔なじみの親しさからすぐに親密になった。八歳年上のうきえは、カツオの手を取ってセックスの手ほどきをする役目をになった。うきえにリードされ、自信にみなぎったカツオのそれはうきえの成熟した体を貫き、熱い精液を何度も彼女の体内に放った。
カツオはぐったりしてベッドに横たわった。
「カツオくん、初めてにしては良かったわ。これからもよろしくね」そう言ってうきえは微笑んだ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。時間よ」ワカメはヘルメット状の幻影装置をカツオの頭から外し、カツオの顔をのぞきこんだ。「楽しかったでしょ!」
「ここは……」
「こんどR-17地区に出来た、バーチャルリアリティを楽しむ施設よ」
「なんだ、現実じゃなかったのか……よく考えたらあんなうまい話、あるわけないものな」
「また来たくなったでしょ!」
「ああ! 現実なんてもうこりごりだよ。これからは毎日ここに来るよ! ワカメ、俺、ふっきれたよ。俺もヤクをやってみる。気持ちいいことならなんだってするんだ!」
「分かってくれると思ったわ!」

「じゃん、けん、ぽん! うふふふふ」サザエさんが微笑んで出したジャンケンの棒には、グーとチョキしかない。人類は核戦争による遺伝子の異常により、とっくに指が三本しかなくなっていたからである。

(つづく)

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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

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