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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/05/09 (Thu) 01:12:13

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No.676
2014/03/23 (Sun) 21:44:57


 腎不全にかかる検査結果

 病院名 H大学附属病院
 氏名 ナカガワ シンジ  男 33才

 内因性クレアチニンクリアランス値 34ml/分
 血清クレアチニン濃度 2.5mg/dl
 1日尿蛋白量が3.5g/日(以上)を継続して血清アルブミンが3.3g/dl かつ血清総蛋白が6.2g/dl

 以上の結果、厚生労働省の定める認定基準により、被験者は腎疾患の1級、2級、3級のいずれにも該当しない。



 つまり彼、中川慎二は腎疾患で障害年金を受け取ることが出来ないことが今度もはっきりしたのだった。何度同じ検査を繰り返したろう? 彼は数値こそ障害年金を受け取る域に達してはいないが、その病の苦しみはひどいものだった。彼はその年金を切実に必要としていた。

 ときは春。気晴らしにデパートに行ってみると、新生活を始める人々のための春服が飾られ、きらきらしたペンや万能手帳なども目立った。
 本屋に入ってみると、ファッション雑誌の表紙は華やいだモデルたちが飾り、そこにも新生活を謳歌する文句が散りばめられていた。
 慎二は病身に鞭打ち高校で講師をしていた。担当教科でもある好きな数学の専門書のコーナーで、しばし時間をつぶそうと思った。
 外を、轟々という音を立てて風が吹き抜けていく。春一番だろう。

 と、そのとき、静かに本を立ち読みしていた中年の女性、それから初老の男性が、急に腹や胸から血を流し、ほどなくその場に倒れるという現象が起きた。慎二はあっけにとられてその光景を見ていたが、やがて自分の腹部が燃えるように熱くなり、見ると自分も腹から大量の血を流しているのに気が付いた。そして頭から血の気が引き、その場で気を失った。

 慎二は救急車の中でうっすらと目を覚ました。身じろぎしようとすると「動くな! あんた大動脈が裂けかかってるんだ!」という声がした。そしてまた意識を失った。

 夢の中で、彼は小学校低学年に戻っていた。図画工作の時間に、春の絵を描くというので、野山にきれいな野花が一面に咲き乱れ、蝶が楽しげに舞い、犬が楽しげに駆け回り、大自然のすべてが春の陽気を楽しんでいるさまを描いていた。
 次に場面は小学校高学年か中学生のころに変わった。物識りの伯父と、春の野原を散歩しているのだった。
「大自然のすべてが喜んで春を迎えていると思うか?」と伯父が言う。「いやそんなことはない。新しい花を咲かせる草、新しい枝をのばす木だけがそこにあるのではない。老いた草、枯れかかった木もある。これらにとっては春の生気はかえって毒なのだ。必死で冬の寒さをしのんで生き延びたこうした草木は、春にはどうなる? 春一番の猛風で根絶やしにされ、息の根を止められるんだよ。年老いた草木は、死んで新しい命のための養分になる」

 そこで目が覚めた。病室にはテレビがあり、ニュースが流れていた。自分を含む四名の男女の名が読み上げられ、その四人は通り魔に胸や腹部や背中を刃物で切られ、ある者は死亡、ある者は重傷を負ったが生き延びた、と報じていた。しかし自分はあのとき、通り魔の姿など見なかった。しかし書店の店員は、犯人がわれわれに刃物を振りかざすのを見たと証言している。これはどうしたことか。
 ただ、捕まった犯人の名前は伏せられており、精神疾患を病んだ者の犯行であることがうかがわれた。
 なんのことはない、その犯人は春の風の猛威を人間界にもたらし、年老いて死にきれずにいるもの、病弱なものを大鎌をふるって息の根を止めるためにやってきた大自然の死神ではないのか。俺も障害年金をもらえないままどんどん体が悪くなってきて、働けなくなって、この春でもう破滅だったところだ。おい、キチガイの死神、どうして俺の息の根を止めてくれなかった? 

 入院中、長く会わなかった伯父が亡くなったという連絡が入った。
 彼は慎二に結構な額の遺産を与えた。幸か不幸か、差し当たりはゆっくり養生できる。
 しかし彼は造化の神とやらのやり口に、憤怒を感じてもいた。なぜ俺が生きるために、伯父が死ななければならない? 新しい命のために古い命が死ぬ、大自然にはそれ以外の方法はないのか?

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快文書作成ユニット(仮)
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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