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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/26 (Fri) 00:38:41

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No.637
2013/05/02 (Thu) 18:05:44

                            

  春秋左氏伝に呉の王の言葉として「溺るる人は必ず笑う」というのがあると知り、そんな馬鹿なと思い原本を見てみたら註に「水に溺るる者口を張りて笑う状をなすという諺あり」とあった。なるほど必死で息を吸おうとする口の形が笑っているように見えることがある、ということか。しかしこれが事実だとすると本当に溺れかかっている人がへらへら笑いながらふざけているように見える可能性があるということで、通りがかった船の上の人も同調してげらげら笑いながら溺れている人を櫂で引っぱたいたり棒でつつきまわしたりしていっこうに助けない、ということもあるかも知れない。とくにシンクロナイズド・スイミングの選手は水面で笑顔を作る癖があるだろうから、例えば海水浴で沖を泳いでいるときに溺死した亡者が海中から足を引っ張ってくるような際には注意が必要だろう。化粧をばっちりして笑顔で海に沈んでいったら、誰しもシンクロの技だと思うに違いない。

 女性はいつでも笑顔でいて欲しいと多くの人は思うが、それも時と場合によるのである。だからときには鏡を見て死ぬほど苦しい顔の練習もすべきかも知れない。そしてもちろん、嫌な人間をきっぱりと遠ざける毅然とした態度を表に出せることも大事だ。イルカという動物にはそれが出来ない。何しろ人間が好きで好きでしかたがなく、人の乗った船が通りかかるともう嬉しくてどこまでもついてくる。むかしイルカが食用にされた時代には、そうしたイルカの習性を利用して、沖からイルカを撫でたりしながら浅瀬まで連れてきて、砂浜近くまで来たところを皆でよってたかって棒でぶち殺したのだ。愛想が良すぎてひどい目にあいがちな、いわゆる男にとって「都合の良い」芸者をイルカ芸者とも言ったらしい。

 むかし子供向けのテレビ番組に「ママと遊ぼうピンポンパン」というのがあり、進行役のお姉さんを支えるキャラクターとしてカッパのカータンというのが出てきた。写真のように愛らしく笑顔の親しみやすいキャラクターである。視聴者参加型の番組で毎回多くの子供たちが母親といっしょに出てくるが、中にはやんちゃな子もいて、カータンを殴ったり蹴ったりする。
 聞くところによるとカータンの着ぐるみにはいつも同じ人物が入っていたわけではなく、ある代のお姉さんのころによく入っていた人物は番組中彼女のお尻を執拗に触ってくる品の悪い男で「エロガッパ」と陰口を叩かれたらしいが、それはともかくカータンには似つかわしからぬ子供嫌いの人物が入っていることもあって、そういうとき子供がカータンを殴ったり蹴ったりするとある種の問題が発生する。そのカータンは子供をカメラに映らない物影に連れて行って、その大きな重い頭で頭突きを浴びせるのである。とうぜん子供は泣きながら母親にこのことを報告する。しかしカータンの顔というのはとても子供に暴力を振るうようには見えない愛くるしいものであって、母親は子供の言うことを本気にしない。逆に気の弱い男がカータンに入っている場合は子供に好き放題に小突き回されてしまうが、しかしやはりカータンの顔は幸福そのものといった笑顔であって、とても不幸な目にあっているようには見えない。この場合はその可愛らしい顔が中の人物に不利に働くのである。
 カータンの顔はそのように幸福のシンボルそのものといってもいいほどで、それが逆に見るものに「実は残酷なカッパだったら」「実は好色なカッパだったら」という空想をたくましくさせるところがある。ある漫画ではカータンの着ぐるみを着た男がチンポだけ出して女と激しくセックスする場面があったらしく、自分はそれを見ていないけれどもさぞ抱腹絶倒ものだったろう。

 チャップリンの映画の一場面で、兵士に扮したチャップリンが手榴弾を投げようとしたらそれが袖の中に入ってしまい取れなくなる、というシーンがあって、現実にそういうことがあったら生きるか死ぬかの重大事だが、しかしだからこそチャップリンの慌てぶりが可笑しくてしかたがない。
 また作家の筒井康隆があるとき自宅で鍋焼きうどんを作って、さあ食べようというのでレンジから食卓に運ぶ途中、何かにつまづいて転びそうになった。鍋焼きうどんで火傷したら大変だととっさに思った彼は、その鍋を出来るだけ遠くに放り投げた。鍋が落ちたところは金魚の水槽で、その熱で水槽の水はあっという間にぐらぐらと沸騰し金魚はすべて煮えてしまったという。
 必死な人間はしばしば非常に面白い。僕の場合で言えば、教室で授業していて下に落ちたものを拾おうとして、しゃがんだ瞬間にスーツの股が派手に裂けてしまったということがあった。「あー裂けちゃった」と堂々と言ってのけるほど人間の出来ていなかった僕は、できるだけ何事もなかったように授業を続けたが、生徒のうち一人が気づき二人が気づき、最後にはみんな気づいていたと思うが、生徒たちは僕の「何もなかったふり」に付き合ってくれて、チャイムが鳴るまで静かに授業を受けてくれた。なんとも優しい子たちである。

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No.627
2013/01/24 (Thu) 14:06:43

 島杜夫(しま・もりお)は高校二年生だった。私立の学校で親には高い授業料を出してもらっているが、学校生活はまるで楽しくなかった。一年生のときはサッカー部に所属していたが、顧問の教師の体罰がひどく、嫌になって夏休み前に辞めてしまった。勉強も出来るほうではなく、教師たちは受験の話をたびたびしたが、杜夫はどうしても勉強に意欲がもてなかった。毎日が退屈そのもので、あさ遅刻することもだんだん多くなってきた。
 彼が通っているのは仏教系の学校で、杜夫のような遅刻の常習犯や授業態度の悪い者はしばしば呼び出され、罰として個室で般若心経を筆写させられた。一字でも間違えればやり直しさせられるし、もう経文など反吐が出るほど嫌になっていた。今までに三十回ぐらいは書かされたろうか。

 七月のある晴れた日の暮れ方。杜夫は今日も遅刻し、放課後に般若心経を六回書かされ、疲れて家に帰ってきた。ただいまも言わず自分の部屋に入り、そのまま横になって眠りに落ちる。
 夢の中で、杜夫は広い草原にいた。そこには一頭の栗毛の馬がたたずんでいる。その馬は杜夫の姿をみとめると、とことこと近づいてきた。杜夫は自分が手にりんごを持っているのに気づき、馬にやろうとした。するとその馬は突然高い声でいなないて、両前足で杜夫の胸を蹴飛ばしてきた。彼は後ろに吹っ飛ばされ、倒れて頭を打った。驚いて蹴られた胸のあたりに目をやると、自分の着ているティーシャツに般若心経がプリントされているのだった。馬の耳に念仏というが、馬はお経を見るのも嫌なのだろうか。そう思っていたら、その栗毛の馬はなおも杜夫に攻撃をしかけてくるようである。だから彼はティーシャツを脱いだが、その下にもティーシャツを着ていてやはり般若心経が書かれている。それを脱いでもまた般若心経のティーシャツ。いくら脱いでもきりがなかった。再び蹴りを加えるために後ろ足で立ち上がったその馬の胸には、くっきりと「廃仏派」という烙印が押されていた。

 そこで目が覚めた。母親に呼ばれ、夕食を食べに一階のリビングに下りていく。まだ七時過ぎだというのに、テレビでは父の好きな時代劇をやっていた。両親はすでに食べ始めていて、父はテレビを見ながら晩酌していた。
 もともと父は時代劇が好きだったが、このごろはそれを熱心に観る理由がもう一つあった。杜夫の兄・拷作(ごうさく)がしばしば出演するからである。ただ拷作はいつも名も無い端役、それもほとんどが斬られ役だった。その斬られたあとの派手な悶絶のしかたが世間ではちょっとした話題になっており、インターネットでも拷作の名をひんぱんに見かけるようになってきている。
 しかし杜夫は兄には冷淡な思いしか持っていなかった。杜夫が小学生のころに家を出て行ってしまったし、いっしょに遊んだ記憶もほとんどなく、むしろ杜夫から見て、拷作は冷たい意地の悪い人間という印象が強かった。勘当同然で出て行った兄と家族は何年も音信不通のままだが、俳優を目指していた彼がテレビに出るようになると、両親はあからさまにではないにしても、兄の活躍を喜んでいるようだった。
 今日も時代劇の殺陣の場面になると、名も無い敵役として拷作が登場した。そして型どおり主人公に斬られると、胸からシャワーのように勢いよく血を噴き出させて、口からは正体不明の黄色い液体を吹き出しながら死んでいった。テレビ局も拷作の評判を受け、近ごろは過剰演出になってきているようだ。そのうち彼は腸や肝臓を腹からリアルに垂れ流しながら死ぬようになるのではないか、と杜夫はぼんやりと思った。

 そのとき、電話が鳴った。母が出ると、その応対のしかたからただ事ではないと杜夫はすぐに思った。父が電話を代わった。どうも兄の身に何か起こったらしい。
「はい。弟は拷作と同じ血液型です。いまここにいます」
 父の話によると、兄は撮影所でひどい怪我を負ったそうだ。命にかかわるほどの大怪我で、すぐに輸血が必要だが、兄は非常に珍しい血液型であり、その血液が近くの病院にはないのだという。そして杜夫が兄と同じ血液型だったから、すぐに撮影所に来て治療に協力して欲しい、とのことだった。杜夫は兄を気遣う気持ちなどわいてこなかったが、そういうことならばしかたがない、と思った。そして両親とともにタクシーに乗って現場に急行した。

 撮影所に着いて分かったのは、兄は喉に深い傷を負い、すぐには動かすことが出来ないためまだ病院に搬送されていないとのことだった。兄の横たわっている周りには、撮影所のものらしい照明が何台か置かれ、それで患部を照らし医師が処置を行なっていた。杜夫はすぐに拷作の隣に横たえられ、腕に針を刺されて輸血が行なわれた。医師や撮影所のスタッフの会話から杜夫は知ったのだが、どういうわけか殺陣の稽古で真剣が使われ、主役の俳優が誤って拷作の喉を突いてしまったのだという。なぜそこに真剣があったのかという議論も耳に入ってきた。杜夫は疎遠な兄のことであるし、横になっているだけだから考えに余裕があったのか、もし兄がこれで死んだら斬られ役にふさわしい最期だろうな、などと考えた。
 血を多量に取られているためやがて頭がぼんやりしてきたが、どこか近くでテレビがついているのが分かった。意識が朦朧としてきたが杜夫の耳には不思議と音声が明瞭に伝わってきた。みのもんたの番組にもんたよしのりがゲストで出ているらしい。みのもんたがもんたよしのりの養子になったらもんたもんたになるのだろうか、などという下らない会話が続いたかと思うと、緊急ニュースが入ったらしくアナウンサーの声になり「犯人のもんたは……」などと言っていて、またもんたかと思っていたら「これがもんたのモンタージュ写真です。もんたはアメリカのモンタナ州で育ち、イブ・モンタンに憧れ……」とアナウンサーが続け、どこまでもんたが続くんだと思いながらいつしか杜夫は意識を失った。
 
 拷作はなんとか一命をとりとめた。杜夫と両親は彼の病室に見舞いに行ったが、拷作はまだ首をギブスで固定され声も出せないようだった。彼は杜夫が覚えているほどには冷淡な人間ではなくなっているようで、表情も柔和だったが、それでも杜夫にはあまり目を向けず、その輸血によって助かったことに感謝している様子もなかった。杜夫はやはり拷作のことは好きになれないと改めて思った。

 怪我が全快して復帰すると、拷作にだんだんよい役がつくようになった。役名もあれば台詞もあり、ドラマの主要な登場人物として出てくることも多くなった。とはいえそのご家族と会う機会のない状態が続き、杜夫にとって兄は依然として他人同然の存在だった。
 しかし杜夫が高校三年になった年の十二月のある日、突然兄から携帯に電話がかかってきた。これから梅田にこられないか、とのことだった。行ってみると拷作はいきなり
「もうすぐ受験だろう? これ、お守り」と言って小さな布袋を渡してきた。
「それからこれは……入学祝だ」
 茶封筒を渡された杜夫は「まだ受かってないよ」
「じゃあ前祝だ。受験に失敗したら残念賞ということにしておけ」
 そういうなり拷作は立ち去った。
 杜夫が兄の後姿をぼんやり見ていると、いつのまにか四、五人の野武士がそばに集まってきていた。
「その封筒の金子(きんす)をよこすんだ」片目のつぶれた野武士がすごみをきかせ、杜夫の胸ぐらをつかんだ。
「おい、何やってる!」と叫んで拷作が駆け戻ってきた。
「何だ、貴様は?」武士の一人が言った。「邪魔しようってんなら痛い目にあうぜ」
 しかし拷作は杜夫をつかまえている野武士を突き飛ばした。
「死にたいか」その野武士は刀を抜き、拷作の肩口から深々と斬りつけた。
「ぐあーっ」
 そのとき、パトカーのサイレンがわんわんと鳴り響いてきた。
「おい、ずらかれ!」野武士たちは逃げていった。
 拷作は救急車で病院に運ばれたが、今度の刀傷は致命傷だった。今度こそ本当に、斬られて死んでしまったのだ。

 翌年。杜夫は志望校の入試の日、兄の形見のお守りを身に付けて受験にのぞんだ。
 一時間目は国語だった。試験が始まると驚いたことに、問題用紙はなく、ほとんど白紙に近い解答用紙が一枚配られただけだった。しかもその端には問題文がただひと言、
「般若心経を書け。」
 杜夫は目を疑った。高校時代、何十回となく書いてきた般若心経、一言一句たりとも忘れるはずのない、目をつむってでも書ける般若心経。「兄さん、ありがとう」心の中でつぶやき、杜夫はお守りを握りしめた。


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No.623
2013/01/06 (Sun) 11:40:01

 心臓の手術をするときに人工心肺装置というものが使われるが、結婚難の今、人工心配装置というものが静かなブームである。つまり一人暮らしの男女が、帰りが遅くなったときなど、その装置が家で心配してくれるのだ。

「ただいま」
装置「お帰りなさい。遅かったのね、心配してたのよ」
「残業がなかなか片付かなくってね」
装置「毎日お仕事大変ね」
 といいながら装置から伸びたロボット・アームが男のネクタイをゆるめる。
装置「襟もとに口紅がついてるわ」
「あさ満員電車の中でついたんだよ」
装置「なんで女物のハンカチがポケットに入ってるのよ」
「うるせえな。お前は俺の身の安全についてだけ心配してりゃいいんだよ」
装置「わたし、心は女なのよ。一人の女として認めてちょうだい」
「しつこいな。スイッチを切っちまおう」
 男が装置の電源に手を伸ばそうとすると、その手を後ろから掴む者がいる。ふりかえると、もう一台の人工心配装置がロボット・アームを伸ばしていた。
装置その2「きみ、もう少し真奈美さんの気持ちを分かってやったらどうなんだ」
「何だこいつは。男の人工心配装置か」
装置その2「いかにも。君の話は真奈美さんからよく聞いている。ひどい浮気性だそうじゃないか」
「何だと、機械のくせに」
 男は装置その2の電源を切ろうとしたが、その装置の上部についたノズルから突然勢いよく炎が出てきた。
「ぐぁーっ」
 男は顔面を焼かれ、痛みにのた打ち回った。装置その2はなおも炎を男の背中に浴びせ続け、とどめとばかりに台所にあった漬け物石で男の頭を叩き潰した。
装置その2「さ、真奈美さん。ぐずぐずしていてはいけない。ここにバミューダ行きのチケットが二枚ある。すぐに逃げるんだ」
装置(女)「ええ、どこまでもついて行くわ、新右衛門さん!」

 そうして二台の装置は前途多難な逃避行へと旅立ったのだった。


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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







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