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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/08/19 (Sat) 07:04:15

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No.539
2012/01/10 (Tue) 09:36:13

 昨日、普段メトロで行く客先にバスで行こうと思った。
その客先から帰る時には大きな車庫があるので、そこに行って始発のバスで座って帰るのが常だが、逆のコースをたどったことはなかった。

 いつも降りる下りのバス停のせいぜい50m以内位で「上りのバス停も
あるだろう」と探したが見つからず、近くの米屋で訊いたら「旦那さん、あと100m先・・・2つ目の信号を渡ったローソンの先にありますよ。気を付けて・・」と
親切に教えてくれた。

 近頃、ものを尋ねたり道を訊いて親身にされるとかなり幸福な気分になってしまう。なんだか、年よりじみている感じもするけれどそれだけ今の世間は刹那的で世知辛いのだと思う。

 たとえば、地下鉄にしたって、乗り換え駅で各線に紫や橙の色を付け、丸いしるしで分かりやすいように案内するのはいいけれど、スマホまでそんなアプリがあるという。
 
 一体、どこまで利便を追求すれば満足なのか?とも思ってしまう。

 昨日ネットで傷がついても直せるスマホだかi-phoneのニュースを流していたが
、だから、どうなのだろうとも思う。
 ポケットやカバンであんな電卓大のガラス板を持ち歩けば割れたり傷が付くのは当然だ。
 指でなぞればシュッシュと見たい画面に移れるのは画期的だと思わざるを得ない。
 確かに便利で合理的だ。
 だが、携帯と言うのは開いて相手にかけるものだと最近定義づけてしまっている。

 昨日、職場の同僚たち・・・といっても皆自分よりははるかに若かったがi-phoneの普及率やら携帯の使用実態やら新しいモノが出ればそれで世間が取りあげ話題になってブームで・・・とテレビやパソコンをはじめいろんな道具の変遷について世間話をしていた。
 
 頷いては居たが、では音楽を聴くというのも公衆電話をかけるのも昔はLPレコードに傷を付けないように中指と親指、人差し指を子供ながらに巧みに使いターンテーブルに載せたし、赤電話で長距離をかけるときは大量の10円玉を必要とした。
 いわば、儀式めいた動作が必要だった。

 都バスがいつの間にか変てこなキャラクターの絵を座席にも描くようになって結構経つみたいだけど、その割には乗り方やバス停の在り処は冒頭に書いたように心もとない。だが、調べるとか訊くとかいう儀式は存在する。パスモやスイカで自動改札をくぐって上を見上げてホームへ降りる・・・なんていうことはない。
 バス停を訊いたらひたすらそこで待つだけだ。

 そんなことを江東区を走るバスの車内で考えていたら、営団地下鉄と言ってた30年以上も以前の地下鉄の改札を思い出した。
 いや、当時の国鉄や私鉄各線皆そうだったが、切符を買って改札を通る際の入鋏(にゅうきょう)をする駅員が必ず改札口に座るか立つかで居た。カチカチカチとやるあの動作だ。5mm四方くらいの紙吹雪を飛ばすあの動き・・・・なんで客が通らなくてもカチカチやっているのかと訊いたら「リズムが取りにくいからだ」と誰かに聞いた覚えがある。
 その動作は今にして思えば何処となく滑稽だ。

 高校の頃通っていた地下鉄東西線の下りホームには、車両の最後部あたりの改札出口で二挺振り回し、場合によってはカチカチやってから二挺をかわるがわる放り投げキャッチして、また客が通るとカチカチするという離れ業?まあ、慣れなんだろうが・・・あたかもローンレンジャーばりの早撃ち西部劇の主人公を彷彿とさせ見てると楽しかったし、駅員も意識してより演技?に身を入れた。

 スイカもパスモも便利だが機械に操られていると感じるのは自分だけだろうか?

 米屋の主人は俺より若くてもなんだかとても親切で耳触りのよい案内をしてくれた。
 店内を覗くとあきたこまちだのコシヒカリだの産地の札を立てたコメが処狭しと並んでいた。旨い白飯が食べたくなったらあの節は御世話に・・と言って買いに来てみよう。

 白飯で思い出すのが正月にバイト先の近所で食べたスタ丼だ。確かに上に載っている豚の炒め物は旨いのかもしれないが、ご飯がまるで古米のようでやっとの思いで食べた。昔の店やモノだってこんなに飯はまずくなかったぜ・・・と思ったが、現実にその店は流行っている。味覚と言う価値観の違いか販促ポスターや自販機の行列につられて人が来るのか分からない。

 「三丁目の夕日」の続編がまた映画化され公開されるという。
 セブンイレブンでは因んだキャンペーンで鉄腕アトムのマーブルチョコなんぞを売っている。文明もインフラも生活を豊かにはするのだろう。

 機械や文明の脆さを示す報道は毎日のようにメディアに登場する。

 沈没したイタリア客船の船長などは言えば敵前逃亡以下だと思うが、いつの日かなぜ逃げたか真実の物語などと映画化されたりするのかもしれない。
 便利、機能も人が操ってこそと改めて問いたいし、責任や自覚のない者がいとも簡単に大量の無責任を生み出し挙句ダイオキシンや放射能・・・といった公害に悩まされ続ける現代は何処まで続くのだろう。

 ありそうでなくなった会話や対話の機会に触れ、切符にパンチする駅員たちのあのユーモラスな動きを、紙吹雪のようになった切符の紙片が散らばる改札の床とともに思い出す。



 (c)2012 Ronnie Ⅱ , all rights reserved.




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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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