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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/10/17 (Tue) 16:45:46

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No.82
2009/10/16 (Fri) 04:35:46

妖精の国   ポオ (入沢康夫訳)

おぼろな谷々――影ふかい水の流れ
そして 雲とみまがう森と森、
いたるところに降りそそぐ涙のゆえに、
さだかには見分け難い その形。
厖大な月たちが そこで満ち また虧(か)ける――
くりかえし――くりかえし――またくりかえし――
この夜の 刻一刻を――
はてることなく座をうつし――
青ざめた顔から吐く息で
星々の光を吹き消してしまうのだ。
月の時計の文字盤が十二時を指す頃おい
ひときわおぼろにかすむ月が一つ
(月たちが詮議のあげく
最上を認めた月が)
降りて来る――更に低く――なおも低く、
その中心を 高々とそびえる山の
頂きに ひたと向けて。
すると その広い円周は
寛(ひろ)やかな幕となって落ちかかる、
部落の上 家々の上
どこであろうとかまわずに――
奇怪な森の上に――海の上に――
翼ある精たちの上に――
うとうととまどろむものすべての上に――
そして 彼らを 光の迷宮の内部に
ことごとく埋めつくしてしまう――
おお そのときの彼らの睡気は
何と――何と深いことだろう!
朝が来て 彼らが目覚めれば
月光の幕はたちまちに舞い立って
嵐をまき起しながら
大空指して昇って行く。
そのありさまは――比類を絶するが――
いわば黄色い大信天翁(あほうどり)。
月のそれまでの役目――
つまり 私には
とほうもない贅沢と見えた
天幕の役目は終った――
とはいえ 月の無数の原子は
驟雨となって 微塵にちらばり、
そのささやかなかたみを、
空に憧れて舞い上り
また舞いおりる地上の蝶が
(常に心充たされぬ その生き物が)
はるばる運んで来たのだった
おののきふるえる翅に載せて。


むかしの人は、きょう中天にかかる青い月と、きのう地平線近くに見えた金色の月は別のものである、という考えを持つことがあったかも知れない。日々昇っては沈み、しかも形を変えるのだから、毎日違うものが空に浮んでいる、と自然に思う人もいたのではなかろうか。
しかしいったん「同じもの」と考えるようになると、なぜ以前は違うものに見えていたのか分からなくなり、むしろ以前の見方のほうが不自然に思えてくる。
日々違う物体が空に浮んでいると思うより、同じ物体が周期的に空に現れては消えていくと思うほうが、頭の中が整理されるし、「進んだ」考え方と言えそうだが、そこをあえて未整理な宇宙観で月を見るのがポオの詩想、ということになろうか。

初学の人にはまるで違って見えるものが、慣れた人にはほとんど同じに見える、という現象は、数学ではとくに顕著に起こるように感じる。代数系での「同型」なもの、トポロジーでの「同相」なものなど、教える側がまるで同じものと感じながら話しているのに接すると、教わる側は初め困惑する。

通常「~」という関係が次の3条件を満たしていると、「a ~ b」 は 「a と b は同じ」と思って差し支えないとされる(「~」は同値関係である、といわれる)。

・どんな a に対しても a ~ a(反射律)
・a ~ b ならば b ~ a(対称律)
・a ~ b , b ~ c ならば a ~ c (推移律)

たとえば a – b が 3 で割り切れることを
a ≡ b
と書くことにすれば「≡」は同値関係である。
つまりはじめは
17 ≡ 5
と書かれてもピンとこないのが、だんだん17と5が同じものに見えてくる、ということが起きる。

もちろん通常の「 = 」も上の3条件を満たしている。

・どんな a に対しても a = a .
・a = b ならば b = a .
・a = b , b = c ならば a = c .

こうした「同値関係」の話からの類推で、「同じ」ということ自体、人間の観念の中にしか存在しないのではなかろうか、などという考えもときおり浮んでくるが、人間は次のような不思議な操作を頭の中ですることがある。

2つの点が人間の目に別の点であると識別できるためには、最低限 X だけ距離が離れていなければならないとする。いま2点A ,B がちょうど X だけ離れているとすれば、人はA, Bを別な点と識別できる、つまりA ≠ B と思える。つぎにA, B の真ん中に点Cを打つとどうなるだろうか。AとC、BとCはそれぞれ X/2 だけしか離れておらず、それぞれ識別できない。つまり A = C, C = B のように見える。しかしA = C, C = Bであるのに A ≠ B であるというのは(推移律に反し)理性の上で納得できない。だからA = C, C = B というのは自分の目が欺かれているのであって、本当は A ≠ C または C ≠ B のはずである、と結論する。

果たして「A ≠ C または C ≠ B」は幻想なのか事実なのか、それともそのどちらでもよいのだろうか。

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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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