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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/03/28 (Thu) 20:54:49

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No.514
2011/12/01 (Thu) 10:51:10

          

 故手塚治虫と並ぶ戦後漫画界の巨匠、横山光輝氏が不慮の火災事故で没してから数年がたつ。なんでも、寝煙草の火の不始末だったそうな。
 あまりにも有名な「鉄人28号」「伊賀の影丸」「仮面の忍者赤影」「魔法使いサリー」「バビル2世」・・・「三国志」「水滸伝」など、金字塔と呼ばれるばかりか傑作を超え、劇中の設定がそのまま史実のように受け取られたり、その後のコミック界のスタンダードのようになってしまうほどの感がある。

 たとえば鉄人⇒ジャイアントロボ⇒ポセイドン(バビル2世に登場)は、まさしく、「言うことを聞くロボット」の典型でありマジンガーZにも登場するロケットパンチであり安定感のある鋼鉄をイメージするスタイリング、デティールである。

 「伊賀の影丸」もそうだが、白土三平氏の「ワタリ」などと並び黒装束に鎖帷子を着こみ、手裏剣で勝負に出る・・というスタイルを決定づけたのはこの作品あたりからだろう。

  

 少年サンデーの連載は他に何があったかわからないが、サンデーの連載漫画をウィキペディアで検索してもあ、これも知ってる、こんなのもと想うくらい結構ある。今じゃ、漫画週刊誌など読まなくなったのだが。

 影丸はその任務内容によってあたかも少年のように描かれたり、青年あたりに描かれたり・・・。だが、服部半蔵は不老不死であるかのように座敷や床の間で読書をしているかと思えばまるでジェームズ・ボンドがMからの指示を受けるが如く、ざっと内偵内容を告げた後「ただちに探ってくれ」などと追い立て、後には数枚の木の葉とつむじ風を起し任務地や仲間との集合場所へ急ぐのだ。

         

 途中、察知した敵の忍者たちとも応戦や対決が続くのだが7,8人ずつの集団同士のトーナメント式の対決から段々、首領に近づき決着をつける。
 徳川将軍家の威信をかけた戦いに勝利しても結局は政策の道具として、同じ忍者を倒さなければならなかったことについて時として影丸は悩み、回を終える。
 だが、また半蔵様の呼び出しに応じて木の葉とともに現れる。

 ユニークな敵忍者も多かった。阿魔野邪気などは代表格だ。特別、何が強い得意でもないのだが斬られても数時間後にはトカゲの尻尾のように回復する。いわば、不死身なのだ。他には野犬や梟を自在に操ったりカメレオンのように何も使わずに景色に溶け込んだり・・・。いくら、毒薬を使われても倒れないとか、吹き矢だけが得意とか。
 同時期より少し遅れて白土三平氏の「サスケ」が連載されるが、この術ごとに種明かしする解説は面白かったが、子供にあんなことができないと思っていたし・・・。

 影丸自身も、不思議な木の葉で木の葉がくれや木の葉火輪で逃げおおせたり、相手を倒したりする。子供のころには、枯葉集めが公園のブランコに行くと日課だったりしたものだ。滑り台の上からそんな術の単語を絶叫して枯葉をばらまいてもちっとも強くはなれなかったが・・・。

 大体、なんで木の葉に染み込ませたしびれ薬で人が倒れたり木の葉が火の輪になって燃えだすのか・・・?そんな大量の木の葉はどれだけどんなふうに持っているんだろう・・・?と、子供ながらも不思議に思ったものだったが、そこはやはり忍者だからなのだろう。まあ、赤影にしたって仮面を付けてなくたって強いじゃん!っと思わせる時もあるし、実写に至っては、隠密行動の時は仮面を外して街道を歩いてるんだもんね。

 影丸にしても赤影にしても共通するのはそのモノトーンの景色の描写が素晴らしいことだ。単純な描写なのだが白黒で観れる世界に木々や城や屋敷など、リアルで重厚な佇まいや山々の稜線、樹木や原野の様子季節に応じてリアリティたっぷりに描かれていることだ。

 今の漫画を読まなくなってしまったのは、ストーリーや設定など歳をとった分ついていけなくなったと思うが、人物にしても景色、背景にしても無駄な線が多いことによる。なんだか、はっきりしないで見にくいからが大きな要因だ。技術、技量はきっと昭和の巨匠たちと劣らないとは思うが、思い入れやスピリッツが違うのだろう。



 子供の頃は餅を食って庭でバドミントンに飽きた二日か三日に出かけて、初詣の後開いている古本屋に寄って、「伊賀の影丸」を父親に買ってもらって、喜んで油臭い木の床の東武線で読みながら帰ったものだ。
 小学校4年くらいになって、秋田書店から出たサンデーコミックスでも影丸を買った。同時に秋田書店からは「忍者画報」みたいなムックが出ていて、手裏剣だの水蜘蛛だのといろんな知識を得た。伊賀甲賀などの派閥はその頃から知った。

 死んだ父親と今でも健在な母親が正月から喧嘩をしている場面だと、俺や弟を伴って浅草へ出かけ漫画を買ってもらってウキウキの自分と居酒屋で徳利を空ける親父がいた。
 影丸がそろそろ飽きた頃、親との初詣も行かなくなった。幼い弟妹がその行事のメインとなっていたからだ。出かけてきてからは高校生くらいになっていた自分と差し向かいで父親が大晦日あたりに造ったきんぴらで日本酒を飲んだ。
 当時の父親としては積極的に台所で酒肴を作ることを無常の悦びにする親父だったが、何せ、一杯引っ掛けて歳末特別番組だの片岡千恵蔵の時代劇なんぞを観ながら作るのだから、ごぼうなんて鉛筆のように太くて固かったし、飲んだ調子で味見して鷹の爪を袋の半分も入れちまうもんだから辛いことからいこと・・・で、食えないというと「俺が丹精を込めて作ったきんぴらがそんなに食えないか!?」などと喧嘩腰に叱咤されるもんだから、嫌が応なしに食いながら銚子の日本酒を何本も干した。この時に酒と辛いもの好きの人生が幕を開けたのかもしれない。

 台東区は東京23区でも最も狭い区だ。行政人口も少ない。江戸川、江東などと比較する比ではない。だが、上野も浅草もある。徳川家康が江戸へ入府した頃には浅草くらいしかまともな集落はなく言えば東京で最も古い町でもある。

 街路樹の木々の色が赤や黄色に変わり雨、風の度に堕ちて風に舞う。
 いろんな出来事の起きたこの夏の暑い日差しはとうの彼方だ。

 この時期のクリスマスのイルミネーションやウインドウは、街を歩いても目を奪われるものも確かにあるが、遠く彼方のモノトーンの木の葉を思い出すのも悪くない。
 出来あいの甘いきんぴらに七味をかけたくらいでは死んだ親父の一喝には遠く及ばないが、酔っ払って所々を端折って観た12時間ドラマや忠臣蔵を思い出す。
 三船敏郎や萬屋錦之介などの12時間連続ドラマなんか懐かしい。

 暮れには少しだけ燗酒を嗜むことにしよう。



 (c)2011 Ronnie Ⅱ , all rights reserved.




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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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